カッコの過去



「でも肩書きがそうだとイメージ先行しちゃうのかな?私そんな良いもんじゃないわ。そもそも看護科受験の時も浪人ろうにんしたし、地区看試験も落ちてたし……」


「でもでも!だからこそ余計に尊敬しちゃいます!地区看になった時だって嫌がらせされたんでしょう?当時の終末しゅうまつ医療いりょうに飛ばされて……。そこでも先輩はくじけずに命に向き合って周りまで変えたんですもの!ふぁぁ、素敵すぎますよぉ」


「そりゃもちろん、私は命に対して失礼な看護師なんかでいたくないもの」


興奮するルビーノのよだれ布切ぬのきれでぬぐって、私はふと昔を思い出した。


そうだ……。

私が地区ちくかんになったばかりの頃、浪人ろうにんの落ちこぼれだって嫌がらせを受けていた。


終末しゅうまつ医療いりょう……。今で言うところの向幸こうこう医療いりょう


私はその終末しゅうまつ医療いりょうという呼称こしょうが大嫌いだった。

医療とは名ばかりの、治る見込みの無い入院患者さんのお世話とお看取みとりだけのお仕事。

正直、皆が嫌がる仕事だった。


当時の医師と看護師の連携れんけいなんてあったものじゃない。

看護師は医師に言われたことをするだけの道具。そんな現場は多々たたあって、嫌われた看護師はこぞって終末しゅうまつ医療いりょうとうへ飛ばされた。

地区ちくかんになったばかりの私もその中の1人。


でもイジメや嫌がらせより、何よりもつらかったのは、治る見込みこみが無いからって痛み止めの薬さえもらえない、ご飯までケチられる、そんな患者さんの悲しい光景をたりにして何も出来ない自分だった。


ずっとずっとあこがれていたはずの看護師の仕事。研修の時にはわからなかった現場の現実に私は言葉を失った。


───ラズリ様の教えはどこ?これが世界にほこ皇国こうこくの医療なの?


私は悔しくて毎日泣いて泣いて、それでも自分に出来ることを……と思いふるい立った。

背中をさすったりお話をしたり、少しずつ出来ることから患者さんとれ合うことにしたの。


周りから馬鹿にされても変わり者扱いされても、患者さんの笑顔を見れたら気にならなくなった。時には自宅で寝込ねこむおばあさんの家まで顔を出したこともあったわ。


だって、もう長くないからって、幸せに笑える時間をうばう権利なんて誰にも無いのだから。

むしろ笑ってごさせてあげなきゃならないはずだ。


ある時、心臓を悪くして入院してた高名こうみょうなお年寄りの数学士さんがいたの。

もう長く持たないってなった時に、学問一筋ひとすじ身寄みよりもないからって終末しゅうまつ医療いりょうとううつされて、毎日1人でとても寂しそうだった。


──ここは、まるで死神を待つ牢獄ろうごくじゃな……。


そう言った時のおじいさんの顔が今でも忘れられない。私は絶対にこの人の笑顔を取り戻すんだと思って、毎日必死にせっし続けた。


時間はかったけれど、次第に笑ってくれるようになった彼は、なんと心臓の具合まで良くなった。

驚いた医師達はさま治療を再開した。


もう駄目だと言われていた彼はそれからも少し長く生き永らえて大好きな数学の新たな論文を発表。

国にも多大ただい貢献こうけんを残して、最後は笑顔で旅立たれた。


偶然だと思っていたけれど、それから私のいた終末しゅうまつ医療いりょうとうの人達は言われていた期間よりも不思議と長生きすることとなる。


その数学士のおじいさんが私の話を医学界に話してくれていたこともあって、臨床りんしょう心理しんりが医療にもたらす効果が少しずつ認められ始めた。

終末しゅうまつ医療いりょうや看護師の仕事が見直されるきっかけにもなったらしい。


今では終末しゅうまつ医療いりょう向幸こうこう医療いりょう──死にとらわれず幸せに向かって歩いていく医療──と名称が変わっている。


今思えば、この時の経験が皇看こうかん試験の合格にも影響したのかもしれない。




「それに比べて私は……ルワカナにもリヒト君にも何もしてあげれてないです……」


またシュンとうつむいて落ち込むルビーノの背中を、私はパンッとたたいた。


「ダメよ!ルビーノ・ヴェスパ!……しっかりなさい。貴女あなたは私が認めた後輩なんだから。さっき看護科のカリキュラムがどうとか言ってたけど、そもそも臨床りんしょう心理しんり、心の対話にマニュアルなんて無い。悩みながら1つ1つせっしていくしかないのよ。言ったでしょ?私も反省ばかりだって……」


私はルビーノに語りかけながら自分に対しても強く言い聞かせた。


「そんな顔してたら患者さんも元気なくなっちゃうわよ?笑顔を作るのは笑顔。命を輝かせることが出来るのは命だけよ?」


私はそこで自分の言った言葉にハッとする。


「そうだ……」


───そうよ……。とっくにわかってたことじゃない。命と命……。


私も悩んでる場合ではない。ピアナ様やダーにだって何度も言ってきたことだ。子ども達にも笑顔を取り戻したいと。


───しっかりしなさい、無敵のカッコ。これは私の医療だ!心ごとぶつかって行け!


「はわわわ……せんぱぁい、カッコいい……大好き……」


ルビーノはまたよだれらして息をあらくすると、目を閉じ両手をひろげて私にハグをねだった。


───あらま……ドサクサに紛れてキスまでおねだりしてやがるわ……。


「ルビーノ、案内してちょうだい!」


私はそれをスルーしてきびすを返す。


「えぇぇぇ?ガン無視……。でもそれも素敵……。てか、先輩どこ行くんですかぁ?」


重傷病じゅうしょうびょう小児棟よ!リヒトを連れてく。案内して」


そう……私達で足りなければ、もっと強く輝く笑顔の力を借りればいい。

私は青空の下、風に押されて階段をりた。

ルビーノもあわてて後をついてくる。


「先輩!そんな所連れてったら……、リヒト君ショック受けちゃいますよ?」


「リヒトなら大丈夫。あの子達の力を貸してもらうの」


私達は急ぎ足で廊下ろうかを進んだ。











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