カッコとソリディ



「カッコさん、ここは?」


「病気や怪我をした子ども達が過ごしているところよ」


たずねるリヒトに答えながら私は扉を開ける。

リヒトとレノンを連れた私達はこの医療院の中でも奥にたたずむ3階建ての別館の入院小児棟に足を運んだ。


先の戦争で身寄りの亡くなった子達も多いので、ほぼほぼ孤児院の様な所だ。


私が普段いるアリア修道院と違うのは、その中のアリア医療院が街の診療所的な規模で孤児院はあくまで併設へいせつの別物なのに対し、ここは規模が少し大きくて入院小児棟がそのまま孤児院のようになっているところだ。


その中でも1階の大部分を占める重傷病じゅうしょうびょう小児棟。

1階にあるのは緊急の疾病しつびょう悪化への迅速じんそくな対応のため。

2階3階と高くなるにつれて傷病の軽度けいどな子達が入院してごしている。


上の階の子達ほど、下の階の子達を助ける心構こころがまえが自然と出来ている。

来るのはものすごく久しぶりだけど、私はその光景を見るたびにとても温かい気持ちになる。


「リヒト君、怖がらないであげてね……」


ルビーノは少し心配そうな面持おももちでリヒトを振り返った。

初めてここに来た子は少なからず重傷病の子を見てショックを受けたり怖がってしまう子もいる。初めて目の当たりにすることに驚いてしまうようで、中には避けてしまう子もいる。


でも、リヒトはきっと大丈夫。

中に入ると広間がある。そこでは一際ひときわ背の高い、年長らしき男の子が小さな子達の遊び相手をしていて、私達に気付くと満面の笑みで駆け寄ってきた。


「ルビーノ姉ちゃん!ドリトがついに字を書けた!すごいよ!これ見てあげてよ!」


昼食後にそのドリトという子が一生懸命に書いたであろう文字をかざして見せてくる。

ルビーノは目を輝かせ、受け取った紙を両手でかかげた。


「すごいじゃなぁい!ドリト、ついにやったのね!めちゃくちゃ上手だわ!」


ルビーノはそのドリトと呼ばれた小さな男の子に駆け寄ってハグをする。

その子には両腕が無かった。口に筆をくわえている。ルビーノに抱かれて頭を撫でられた彼はさも嬉しそうにゆっくりと笑った。


かたわらで、その子が書いた紙を持ってきたさっきの年長らしき男の子が私達を見てキョトンとする。


「おばちゃん達だぁれ?」


───お、おばちゃん?

───だ、誰がおばちゃんですってぇ!?


静かに燃え上がる私の炎に気がついたルビーノが、一瞬アワアワとあわてた顔を見せると急いでその子を注意した。


「こら!ソリディ!失礼よ!そのお方をどなたと心得こころえる!美しく気高い!伝説のカッコお姉さまよ!てか忘れたの?」


ルビーノに言われた彼は、急に驚いた顔を見せて固まった。


「カッコさん……?」


固まった彼の顔は次第しだいくずれ始め、ポロポロと涙を流した。

私も固まった。


───ソリディ……。

───ん?……ソリディ……?


「ソリディ!アンタ、あのソリディなの?大きくなっちゃって!えぇぇぇ?」


はぁぁぁ……。時がつのは早いわねぇ……。驚いたわ。


「カッコさぁぁん!」


ソリディは泣きながら私に抱きついてきた。

私はワシャワシャと彼の頭をでて笑う。


看護学生の頃、私はスルグレアのとある医療院で研修を受けていた。

ルビーノとも研修が重なり、少しの間一緒に働いていた時に、入院していた小さな男の子を担当していた。

それが彼、ソリディだ。


「ルビーノ。ソリディがいるなら最初から言いなさいよ!もう……ビックリしちゃったわ」


ルビーノは「すみませぇん」と笑って頭をいた。ルワカナの事で頭が一杯で、言いそびれてたのだろう。


「ソリディ、ここにうつったのね?元気そうで良かったわ。もういくつになったかしら?14?15?」


「お久しぶりです!14になりました!カッコさんがいなくなった後に他所よそうつって、最近になってここにうつってきました。小さい時は本当にお世話になりました」


ソリディは丁寧ていねいに頭を下げる。


「何もしてないわよ。頑張ってるのね……。小さな子達の面倒めんどうも見て……えらいわ」


「いいえ。僕の方が毎日楽しいです。カッコさん、どうしてここに?」


「少し用事があってね……。また後でお話しましょ」


ソリディは笑顔で元気良く返事をして、遊びをねだる小さな子達に手を引かれて去っていった。

懐かしい。まさかここで会うとは思わなかった。


私は元気そうにしている彼を見て少し胸を撫で下ろした。


しかし本題はリヒトだ。

見せたいものや話したいことがある。レノンにも、ここで少しでも何かを感じ取って欲しい。


「リヒト、ここにはね……アリア修道院の孤児院と違って、体になんかかえる子達がたくさん入院して過ごしてるの」


「はい……」


返事をしたリヒトとレノンは棟内とうないあたりを見渡した。

私はレノンを、ルビーノはリヒトの手を引きながら中を歩き出す。


「ルビーノ、案内してね」


「はい」






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