変態


「い、いい加減なさいベベネディ!お前にはビビビルオレア区民としての責務せきむがあ、あるだろう?職、職場放棄、むむ、無断欠勤する気か?」


そこでベネディはようやく顔だけをカルナドの方へと向ける。


「私ベベネディじゃなくてベネディです。それに……」


ひどく無表情に、そしてとても冷やかな虚無きょむの目で続けた。


「私スルグレア区民ですけど……」


「はぁ?」


それは、今までの姿が嘘の様な冷淡れいたんな口調の早口だった。


「幼い頃に両親を亡くした私達の面倒を一時いっとき見てくれたのはピアナ様どこかの誰かは本ばかり読んで育児などわからぬと何もしなかったくせに本ばかり読んで大きくなったら呼び戻して執務しつむはメイア家の伝統だと押し付けて本ばかり読んで都合の良い時だけビルオレアの名を誇示こじして仕事ばかりさせて本ばかり読んで家族だの何だの言いながら扱い方はただの家来けらいで本ばかり読んでだから私達の心はスルグレアに置いてあるのですスルグレア区民ですけど」


まくし立てているうちにベネディの右眼はあおく輝き出す。

彼女の右眼に威圧いあつされて、カルナドはり黙り込んだ。


「ベネディ……。右眼、あおくなってるぞ……」


「やだ……。私ったら……」


興奮して発動してしまったであろうクラウディアブルーを私に注意されると、ベネディはさも恥ずかしそうに目を閉じて赤くなったほほに手を添えた。


最近の子は怖い。これならば口喧嘩くちげんかの相手がイータ師長であっても勝負になるだろう。


それにしてもカルナドは本当に徳を積んでいない。

ポカンと口を開けて何も言い返せないカルナドに悪いと思いつつ、私は少し笑いをこぼしてしまった。


「それではピアナ様、詳細は追ってお知らせ下ティー。兄貴、早速来月の予定表変更に行っくティ」


「取りかかろう。ピアナ様、失礼致します」


深々と礼をするサンクトの腕を引っ張りながら、ベネディは私達にウィンクをして兄共々ともども部屋を去った。


まるで嵐だ。ベネディは小さな頃から明るい子ではあったが、久々に再会した彼女はさらに溌剌はつらつとした威勢を増している。


しかしカシミールのこともわかってくれているし、任務は真面目だから助力を乞うに間違いは無いだろう。


ただしくまでも斥候のみ……ヒンメルとシエロの代役だけにとどめねばならない。

罪を背負わせる訳にはいかない。


私は少し力の抜けた肩をカルナドに向け直した。


「これで話の筋も通ったな。感謝するよ、カルナド」


カルナドは敬虔けいけんの礼の姿勢を取って、おびえるようにカタカタと震えていた。


「ああ……私は、なななんと罪深い。虚偽きょぎ加担かたんし身内をい、いくさへ。ああ、罪深い罪深い……」


───あ、これはマズいな……。


礼を言い、挨拶をして去ろうと思ったが、どんどん大きくなるカルナドの震えに私はあせいた。

早く去った方が良さそうだ。


「カルナド、失礼するぞ?」


「あ、ああ……ラズリ、罪深きわれゆるたまへ。おゆるし下さいおゆるし下さい!」


───あ、こりゃ駄目だ。手遅れだ。


「おゆるし下さいおゆるし下さいあああああっ!」


彼は次第に声と震えを大きくすると、突如とつじょ奇声を発しながら奥の仕事机に駆け寄り、置いてあるバラ鞭を手に取った。


───あ~あ、始まってしまった……。


いきなりのことにカシミールが驚いてピオッジアに警戒けいかいの手を伸ばす。

「いいよ」と手で制止するとキョトンと私を見つめた。


「ああ!ラズリよ!おゆるしを!ああ!」


カルナドはバラ鞭で自身の背中を叩き始めた。

に9つ程の短い革紐かわひもがついた威力いりょくの低い鞭だ。

殺傷さっしょう能力は低いが痛いことに変わりはない。昔の国では拷問ごうもんに使われていたこともあるようだから。


「え……?」


カシミールは戸惑とまどい、思わず声をらした。


「この自身への!ああ!……罰をもっておゆふしを!ああ!」


カルナドは極度にビルオレアを馬鹿にされると人が変わった様に怒る。

そして極度に罪悪感を感じて気がへこむと自身をつ。この2つの発作ほっさを持っている。


「ラズリよ!ああ!ゆるしてぇ!ああ!」


カシミールは呆気あっけにとられて硬直こうちょくしていた。

彼女を連れて来たくなかったのは『プレアデス』というデリケートな話もあったからだが、それよりもむしろこちらの理由の方が大きい。この光景を見せたくなかったのだ。


───うわ……痛そ。


しばらくカルナドは苦悶くもんの叫びを上げていた。

しかしそのうちに、その声と顔は恍惚こうこつのものへと変貌へんぼうしていく。


「あん!ラズリ様ぁ……んああ、ラズリ様ぁ……」


毎回これだ。これでは罰では無くご褒美ほうびである。

それを見たカシミールは、ひどくめた顔でポツリとつぶやいた。


「え?何?……キモい……変態……」


私は静かにカシミールをいさめた。


「これこれ変態だなんて……仮にも2区の当主様に、そんな口をいちゃいけないよ」


「ごめんなさい……姉さん」


「ド変態なんだから……」


この日、カシミールの人生の辞書に新たな項目が追加された。


──ビルオレアには変態が多い


私達2人はそのまま静かに鞭の音が響く部屋を後にした。






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