第10話 命 (カッコ)

カッコと手紙







        命は重いなんて

      皆は容易たやすく口にするけど

    皆が思っている以上に命は重いのよ……













ルワカナの手紙でリヒトは少しだけ元気を取り戻せたみたいだけれど、あの大食いちゃんがルビーノの用意してくれた昼食にもあまり手を伸ばさなかったところを見ると、正直まだまだ気持ちは沈んでいるみたい。


それはそうだ。

ルワカナの顔も見れない上に、そもそも父親とのあんなお別れを経験して、元気になれって言う方が難しい話。


───ピアナ様にはああ豪語ごうごしたものの、さてさて、どうすればいいのやら……。


私はルビーノと医療院の屋上から庭でボール遊びをしているリヒトとレノンをながめていた。

思わずため息をこぼす。そしてぼんやりとルワカナの手紙のことを思い返した。




「リヒト、読んで見たら?」


「あ、はい……」


そう言いながらもリヒトは驚いた顔のまま手紙を開かずに固まっていた。


「どうしたの?」


「いえ……、ルワカナ、読み書き出来ないのに……だからビックリして」


───あ……。あの子、文盲ぶんもうなのね。


確かルワカナはリヒトの1つ歳上。

ならば本来は災いの日以前までは学術院にもかよっていたはずだし読み書きだって出来るはず。

色々複雑な事情をかかえた子だったのだろうと理解した。


「ルワカナ、私に字を教えてって……。とても一生懸命に書いてたわよ」


「はい……」


ルビーノが優しく微笑みながら言うと、リヒトは暫く手紙を見つめてから、とても大切そうに丁寧ていねいに広げた。


ルワカナなりに一生懸命に想いを伝えようとしたのだろう。みんな優しい子ばかりだ。

きっとこの手紙でリヒトの心も少しは救われてくれる。


「こ、これは……」


手紙に目を通したリヒトは驚いた顔を見せた。


「どうしたの?」


私はギクッとした。

まさかショックなことでも書いてあったのかしら。

ルビーノも少し心配そうな顔を見せる。

顔色をうかがっていると、リヒトは手紙を私の方へ差し出した。


「ん?見てもいいの?」


うなずくリヒトから手紙を受け取り、中に目を通す。


「こ、これは……」


私も驚いた。


読めない。

なんとか読めるところもあるけれど、基本読めない。きっと想いが先行しすぎて綺麗に書ききれなかったのだろう。読み書きしたことがないなら当然の話だ。


───あちゃ~。この手紙だけが頼みのつなだったのに……。ありゃりゃりゃりゃ……。


私は何とかフォローを入れようとリヒトの頭をでた。


「すごいじゃない。読み書き出来ないのに、こんなに頑張って書いて……。それだけルワカナがリヒトのこと想ってる証拠よ?それにほら、ここ。『げんきか?』『ごめんな』『いつか俺から会いに行く』って書いてあるのは読める。ルワカナはきっと、もっと元気になってからの姿を見せたい気持ちがあるのよ」


そう言うとリヒトはほんの少しだけ解れた表情を見せて「はい」とうなずいた。でもまだまだ彼の紫色の瞳は影を落として深くしずんでいた。


「リヒト、少しレノンの遊び相手しててくれるかな?……ルビーノ、ちょい」


「はい」


私はうなずくリヒトを確認すると、ルビーノを手招きして一度部屋から連れ出した。

部屋から離れて声の届かないところまで来るとルビーノのおでこを小突こづく。


「あだっ!」


「あれじゃ何も伝わらないじゃない!」


「ハァ……ハァ……先輩のデコツン……。ハッ!そ、そうじゃなくて先輩!」


ルビーノは一瞬よだれを垂らして、すぐに涙目になった。


「ルワカナは腕の血霧ちぎり熱傷ねっしょうもあるからまだ完璧には動かせないんですぅ……でもでも、一生懸命書いてたんですよぉ?」


「あ……そうか、そうよね。それは仕方ないわね。でも困ったなぁ。あの手紙が頼みのつなだったのに……」


確かに大変な思いをして手紙を書いてくれた事実だけでもリヒトにとってはプラスだ。あの手紙……ルワカナは本当に一生懸命に書いたに違いない。


しかし、そんなに大変な思いまでして手紙を用意する程にリヒトのことを考えているのに、ここまで頑なに会わない理由がわからない。

悩む私にルビーノは片手を口にえてヒソヒソ話し出した。


「実は先輩。ここだけの話……ルワカナが会いたがらない一番の理由は他にあるんです」


「そう……」


───うん……。そうだったのね……。

───ん?……あるんかい!


「アンタねぇ……それを先に言いなさいよ」


「う……ごめんなさいぃ。実は……」


ルビーノは私に耳打みみうちしながらゴニョゴニョと1つの事実を告げる。


「え!そこ?そんなこと?てか、そうだったの?」


私はその内容に驚いた。


「先輩。静かにぃ……。そんなことじゃないです。ルワカナの心の中ではとても大きなことなんですぅ」


私の声をルビーノが小声であわてて止める。


「あ~、それは確かに誰も踏み込めないわね。仕方ないわ。てか、それは知らなかった」


「先輩どうしましょう……」


「うぅむ……」


考え込む私の横でルビーノも途方とほうに暮れる。

とりあえず昼食をまそうという話になって、その後に私とルビーノは屋上に向かった。








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