ベネディ




「頼む……」


「ス、スルグレア……」


「姉さん……」


カルナドとカシミールが静かにつぶやき、部屋の中では時計だけが小さな音を刻んでいた。

カルナドは真剣な面持ちで熟慮してから、やがて思い切りよく口を開いた。


「ダ、ダダ、ダメだダメだ。そう言って今回に限らず、そそその次からも誰彼だれかれつつ連れて行くだろう?ルルゴアにバレるに決まっている。ルルゴアにまずかねば……」


ようやく出たカルナドからの言葉に私の蟀谷こめかみの血管は浮き立った。


───あぁぁぁんっ?コイツは本当にルルゴアルルゴアって五月蝿うるさいね!

───当主のほこりってもんが無いのかい!私がこれだけ言って頭を下げてもわからんのかね!


私は歯をしばった。


「とと、とにかく防衛に関しては議会を通してだな……」


私はうだつの上がらないカルナドに頭を下げたまま、こぶしを握りしめて怒りをおさえる。

そしてボソッと静かに言った。


「2区の工具はビルオレ~」


鉄工業でセイリオスに遅れを取ったビルオレアを揶揄やゆする言葉である。

ピクリ……とカルナドが固まった。

私はゆっくりと頭を上げ始めた。


「2区の料理はビルオレ~」


特別美味しくもなく他区民に食べ物を残されるビルオレアの料理を揶揄やゆする言葉である。

カルナドは口をパクパクさせた。


私はゆっくりと頭を上げきると、侮蔑ぶべつを込めた眼差まなざしでカルナドを見下しながら一際ひときわ低く強い語気で言い放つ。


「2区の当主はビルオレ~」


説明不要である。カルナドはたまらず奇声きせいの様な雄叫おたけびを上げた。


「キ、キキ、キアァァァッ!」


ふと気付けばサンクトがすみで必死に笑いをこらえていたが、しっかりとその肩は揺れていた。それにすら気付かずにカルナドは叫び出す。


「3区がなんぼのもんやねん!ビビルオレアちょす奴ぁ出てこんかい!わや豊かな土地だぎゃ!じゃけぇ、そちも助けを求めたで?よし良かろう、ルルゴアなんちゃあない!それくらい楽に協力してやるたい!」


───おお……ちゃんとつっかえずに喋れるじゃないか。少しんだけど……。


しかしどこの言葉だろう。何か色々混ざっているのか、この語学士ちょっと何言ってるかわからない。

人も変わってしまっている。


───でもとりあえず返事は「可」ということだね?……しっかりと聞いたからな?


「ありがとうカルナド、恩に着る」


「ハッ!い、いや……」


ニコリと微笑むと、カルナドは「しまった!」と顔に出して固まった。

相変わらずあつかやすい奴だ。最初からこう言えば良かった。返事を聞いた以上はもう断らせない。

カルナドは慌てだし、さらに滑舌かつぜつを悪くした。


「し、しし、しかしだな、い、い、いくら私がみみみ認めても、ほ、本人達が拒、拒否してはだな……」


「はいはいはーい!私行きます!はーい!はーい!」


その瞬間、ガチャリと扉を開けて1人の女の子が手を挙げながら部屋に飛びこんできた。


「ベ……ベ……ベネディ!」


カルナドは泣きそうな声で叫ぶ。

そんな彼など此処ここにいないかの様に、ベネディはツインテールに結んだ兄と同じ髪色のシルバーブロンドを揺らして私に抱きついてきた。


「ピアナ様ぁ、お久っティ!」


「久しいな、ベネディ」


ベネディ・メイア。

サンクトの妹だ。プレアデスの1人。

兄には無かったが、彼女はクラウディアブルーの力を右眼に宿やどしてこの世に生を受けた。サンクトと共に面倒を見た時期にえらくなつかれたものだ。


その頃から明るかったが、言葉使いからしてすっかり流行はやりりの年頃の女の子になったようである。

最近皇都では年頃の女の子の言葉使いが礼節れいせつを欠くと問題になっているみたいだから。


しかしこう見えてピオッジアをかまえた瞬間に人が変わる。カシミールと同い年の、根は真面目で良い子だ。


───盗み聞きしていたな?


「ベ、ベネディ!か、か、勝手な事はするな!」


カルナドが叫ぶ間にベネディは私から瞬時に離れサンクトの元に移動すると、手を握って見つめ合い、2人そろって瞳をうるませた。


「兄貴……。私やっとピアナ様に恩返しする時が来ティー」


「そうだね……。良かったねベネディ。しっかり恩返しするんだよ?」


「イェッティ」


───え?……歌劇?


それはきらびやかな歌劇の一幕のようで、思わず苦笑いをした。

そもそも「ティ」とは何だろう。これが噂の流行り言葉なのだろうか。本当に最近の流行はやりりはわからない。

そしてカルナドを完全無視である。こいつはこれ程までに慕われず威厳いげんが無いようだ。


「そそそんな言葉使い、いけません!語、語学への侮辱だ!」


カルナドの叫ぶ間に、彼女はまた瞬時にカシミールの前まで動いた。

はやい。流石にプレアデスの名は伊達だてでは無い。

今度は真剣な面持おももちで顔を赤らめて下を向いた。


「カシ……。久しぶり……」


「うん……」


カシミールはひどく気まずそうな顔で下を向く。

ベネディも先程までとは打って変わって、真面目な声でモジモジと照れながら言った。


「私達、いつでも側にいるからね。いつでも待ってるから……」


「ダメよ、私は……私なんか。それに、ドミナが許さないわ……」


カシミールは悲しげに目を細めた。


「ううん、そんなことない……。それにカシのペースでいいの……。今回、私ピアナ様のお役に立てるなら嬉しい。でも、カシの邪魔だけはしないようにはするから……。いいかな?」


「う、うん……。貴女あなたなら……」


うれいた顔をのぞかせながらも、カシミールが珍しく少しだけほほを赤らめる。

私はカシミールが納得してくれたことに安堵あんどしてホッと胸をで下ろした。


ベネディで良かった。キャラはこの有り様だが、カシミールも顔馴染かおなじみの彼女には抵抗が少ない。

もしかしすると気遣きづかって自分から飛び込んで来てくれたのかもしれない。


私は心の中で彼女に礼を言った。


───しかしだな、ベネディ……。

───歌劇……?


その様を見つめていたカルナドが、いよいよ堪忍袋かんにんぶくろを切らしたのか、大きな声を張り上げた。








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