プレアデス


当主室の来賓らいひんソファに腰かけたカルナドはテーブルに乱雑らんざつした本を丁寧ていねいわきけると、やがてテーブルに茶を運んできたサンクトをもう一度にらみつけた。


「怒ってやるなよ。衛兵にやいばを向けられても私は入るぞ」


「わわ、わかっている。おおお前はいつもそうだ」


サンクトは当主室の扉付近まで逃げるように下がってりんと立ち、カルナドは茶をひと口すすってため息をつく。

私は足を組み、カシミールと並んでその向かいに座った。


「で、なな何なのだ?きゅ、急用はいつものことだが」


「頼み事がある」


「うむ……ん?……め、珍しいじゃないか」


当然だ。私はカルナドが嫌いだから関わらないで済むのであれば、なるべく関わりたくない。面倒なのである。


私は茶をひと口いただいた。

良い茶葉ちゃばだ。それにサンクトもすっかり茶の入れ方を極めたようだ。


「そそ、そもそも頼み事なら、ここ懇意こんいにしているセイリオスがいるじゃないか」


「今回に関しては、お前じゃなきゃダメなんだよ」


「なな何の頼み事だ?」


カルナドに頼み事など気乗りがしないがスルグレアの未来のためだ。私は茶器を置き、気を引き締めて言った。


「単刀直入に正直に言う。区の防衛に関して、恥ずかしながら手詰まりの部分がある。プレアデスの援助を求める」


「な……な!」


「姉さん!?」


サンクトがはしでピクリとる衣擦れの音を立て、カルナドも茶をこぼしかけた。2人とも予想外の話に驚いたようだ。

しかしカシミールはそれ以上に大きな声を上げて立ち上がると、隣から私を困惑した面持ちで見下みおろした。


プレアデス……。

皇都こうと防衛の為の戦闘認可を受けたりすぐりの狙撃手そげきしゅ達。当然、皆ピオッジアの所持と使用の許可を持っている。

ピオッジア使いのエリート集団。同時に全員がクラウディアブルーの所有者でもある。


クラウディアブルーは解明はされていないが、不思議と女性の眼に宿やどることが多い。メンバーも大半が女性なので、『プレアデスの乙女おとめ達』と呼ぶ者もいる。


彼女達が都市部で躍動やくどうする時は緊急事態の鐘が鳴り、たみみな屋内へ避難する。皇都有事防衛の際のみだが、その時の諸罪しょざい罷免ひめん特権までクラウディア法典で認められている。


第3区ルルゴアの名家であるアルシオーネ家、エレクトラ家、メロペ家、セレーノ家に4人。

ここ、第2区ビルオレアの名家であるタユゲタ家、メイア家、ステイロペ家に3人。


皇国には計7人いる。皇都有事の際など滅多めったに無いことだが、その時は急ぎ皇都に結集して防衛にあたる。普段は各所属地区で防衛のかなめになっているようだ。


スルグレアとセイリオスにはいない。

カシミールはピオッジアの所持使用許可は持っているが、所属まではしていない。過去に少なからぬ因縁いんねんがあるのだ。


予想していたことではあるが、カシミールは珍しく声をあらげた。


「ヒンメルとシエロが無理だから?私がいるわ!私が全部やれば……」


「駄目だ」


「問題ない!」


「駄目だ!」


私は眼差まなざしを強くぶつけた。


「駄目だ、カシミール。その眼だけは……。無理をしてはいけない……。防衛プラン上も認められない」


彼女の左目の眼帯を見つめて強く言うと、カシミールは納得のいかない顔ですわり直し、うれいた顔でうつむいた。

カルナドは自身を落ち着かせるようにもう一度茶をすすった。


「そそ、そもそも認められる訳無いだろう。こ、皇都召集の鐘が鳴ったら、どどどうする?」


「そんなもの、戦時下含めこの8年でほんの数える程しかないだろう」


「そうでなくても、う、うちだって自区の防衛の、つつ都合があるのだぞ」


「ルルゴアは鉄壁。セイリオスもメルヴェイ山脈と海に囲まれてほぼ敵は来ない。アンタのとこも南部隣接国経由でなんて、まず攻めてきやしない。いつもガリヤの過激派リジル共が来るのはウチだけだ」


カルナドは頭をかかえた。


「だだ、だから単独自治と防衛の、け、継続なんて無茶だと言ったんだ。すす素直にスルグレアを他3区の共同管理下に置けば良かったんだ」


───甚大じんだいな被害を受けたスルグレアを他3区で共同管理する


ガリヤとの休戦協定が結ばれた際に皇室議会でその案が出た。私はスルグレアの総意として断固だんことしてその案に反対した。

未来のため、断じてその案をむことが出来なかった。私がたみに先立って単独自治の啖呵たんかを切ったのだ。


「そのままスルグレアが無くなっちまうよ。ルルゴアが全部牛耳ぎゅうじりたいだけだろうに……。戦争だって再開してただろうさ」


「し、しし、しかし、ここ今回の話をルルゴアが許可するはずがない」


「黙っときゃいいんだよ。1人だけ、斥候せっこう手伝いだけでいいんだ。お宅の大切な家族に罪を背負せおわせるつもりはない。来月だけだ。一週間スルグレア旅行。これで休暇扱いだ」


「そそそんな強引な……」


私は困り顔でしぶるカルナドを前に立ち上がると、深く深くぐに頭を下げた。


「えっ?」


「ね、姉さん?」


カルナドもカシミールも驚いて目を丸くした。サンクトもこの時ひどく驚いて息を飲んだそうだ。


「頼む……。この通りだ。私の不徳ふとくいたすところにてスルグレアの未来に傷をつけた。二度と戦争など起こさないためにも必ず防衛しなければならぬ」


私が頭を下げる珍しい光景をたりにして、みな静かに固まった。









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