ビルオレアの奇人




ビルオレア区のほぼ中心に、その当主ている。


3階分程の高さの邸宅ていたくは、歴史も由緒ゆいしょもあるのに皇都こうとを意識したのか立派に改築してある。しかし改築も中途半端に1階部分のみで終わっていてダサい。


本ばかり読んでいて、美術観や服飾ふくしょくセンスが皆無かいむなのがあいつらしい。

外門や玄関に鎮座ちんざするビルオレア家紋かもんの白鳥が、悲しそうにつる首を下に折り曲げている。


カシミールを引き連れて門を叩くと、執事のサンクトが現れて落ち着いた面持おももちでこうべれた。


サンクト・メイア。

ビルオレア家に仕え執務しつむ全般をになっているメイア家の若い青年当主で、メイア家はビルオレア家の遠縁とおえん親戚しんせきにあたるそうだ。

スルグレアでいうぺフェタステリ家のような存在で、病気で早くに両親を亡くしたのによくやっている。

昔少し面倒をみてやったことがある。


「スルグレア様、新年おめでとうございます。久しく存じます。カシミールまで……大きくなったね」


「久しいなサンクト、ご苦労だよ。用件は鳥を飛ばした通りだ」


「その件なのですが、突然のことなので当主の都合が合わず、大変に恐縮きょうしゅくなのですが本日は……え?……ちょ……」


私は聞く耳も持たずにズカズカと屋敷の中へ入っていった。カシミールも無言で後をついてくる。


「ちょ……ちょっと、待って下さい!」


「いるのはわかっている。何が都合だ。どうせ仕事もせずに読書だろ」


「ちょ、ピアナさぁん、待って下さいよぉ。後で僕が怒られちゃいますよぉ……」


サンクトは慌てて横をついて歩く。

礼節れいせついて、昔世話をしてやった時の少年の顔に戻っていた。


「時間が勿体もったいない。相手がルルゴアなら急用でも飛び出してくるくせに。怒られたら今度酒でもおごってやるよ」


「そんなぁ……」


泣き顔をこぼすサンクトを振り切って私は当主室の扉を勢いよく開けた。

厳粛げんしゅくな当主室のはずがろくな装飾そうしょくも無く、そこら中に本が山積みになっている薄汚うすぎたい部屋。

本人の姿は見当たらない。


───どうせ……ここだろ?


私はそのまま部屋のさらに奥手おくてにある扉まで歩み寄り、向こう側の本でつっかえてるであろうその扉を思いきり蹴飛けとばした。


「カルナド!」


「ひっ!ピピ、ピアナ!」


幾つかの本が飛んだ。

しゃがみこんで、両手に持った本で顔半分を隠しながらカルナドは私を見上げた。

間髪かんぱつ入れずムスッとした顔で後ろのサンクトをにらみつける。

サンクトは横歩きでスッと死角まで逃げていった。


カルナド・ビルオレア

四高弟の1人、シーニャ・ビルオレアの末裔まつえい。現ビルオレアの男性当主。

私より少し歳上の、昔からが暗く本ばかり読んでいるオタク気質のM気質。


本好きがこうじて数少ない皇認こうにん語学士ごがくし免許を持っているくせにしゃべる時に必ず言葉をつっかえる。

顔は悪くないのにせこけていて、いつも眼鏡めがねがズレている。

気が弱く、いつもルルゴアに気をつかっているご機嫌取り。

正直言って私はこいつとルルゴアが嫌いだ。


当主室の奥のこの部屋はいわばカルナドの宝物庫ほうもつこだ。

大昔の物から新しい物まで、数多あまたの本が部屋中に山のように積まれ天井までそびえ立っている。


私が扉を蹴った衝撃で幾つかの書物が少し間を置いてからパタパタと崩れ始め、カルナドは慌てふためいた。


「た、たた大切な本が!」


「なぁに。いたみやしないさ。本ばかり読んで人と話さないから、ドモっちまうんだろ?少し話をしに来てやったぞ」


カルナドは急いで本を直しながら、こちらをにらんで大きな声を上げた。


「だだ、黙れ。わ、私は忙しいのだ。ささ最近はこ、こ、古代言語とげ、現代言語の関連法則に忙しい」


続けてキョロキョロと辺りを見渡すと、本の上に無造作むぞうさに置かれた手紙をクシャッと手に取り私に突き付ける。


「だ、だだ、大体何だこの手紙は。人のつつ都合も考えずに。そそそれに文章に美しさの欠片かけらも無い」


私が昨日、鳥で急ぎ送った手紙だ。私は手に取って紙に出来たしわを伸ばすと読み返した。


 

 親愛なるカルナド・ビルオレア殿


    明日行く

    茶は上物を

    用意しろ


           ピアナ・スルグレア



「素晴らしい出来じゃないか。用件も簡潔かんけつわかやすい。それに気付いたか?5文字7文字5文字のリズムだ。子ども達の授業で知ったのだが、どこかの異国の美しいとされる詩方式らしいぞ」


私は自身の作に満足して目を閉じ、大きく息を吸って微笑ほほえんだ。


「そそ、そんなの知ってる。ハ、『ハイク』という文化だろう?し、しかし、どどどどこが素晴らしい出来だ。侮辱ぶじょくだぞ」


「流石、皇認こうにん語学士ごがくし。良く知ってるな。まぁ良いではないか。時間が無いのだ。さっさと茶を出せ」


「わ、わわ私は忙しいと言っただろう?……か、か、帰れ!」


そこまで言ってカルナドはそっぽを向く。


───ほぉ……「帰れ」とな……。


カルナドのくせに珍しく生意気なことを言うものである。

私は本を静かに踏みしめながら彼に近づくと、片手で頭を鷲掴わしづかみにしてこちらを向かせた。


「時間が無ぇんだ……。早くしろやコラ……」


「ひっ……」


威圧を込めた声で静かににらみをかせると、カルナドは諦めたように肩を落として当主室へ向かいだした。


「そ、そそ、そんな言葉使い……、語学への侮辱だ……」






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