予想外



到着するやいなや、院の扉を勢いよく開けて愛想の良い女性看護師が飛び出してくる。


「ピアナ様!新年明けましておめでとうございます!遠路えんろ遥々はるばる良くお越し下さいました」


馬車を降りた私に丁寧ていねい敬虔けいけんの礼をして頭を下げる。挨拶を返した私に微笑むと話もそこそこに後ろから降りてきたカッコに飛びついた。


「カッコせんぱぁいっ!」


「ルビーノォ!久しぶりぃぃっ!」


「あわわわ……、カッコ先輩の私服姿……」


2人ははしゃぎながら抱き合った。

ここの医療院に緊急でルワカナを運んだ際にカッコから指名をすすめられた看護師だ。カッコも認めていて、ルビーノもカッコを大変尊敬している。


「アンタ何ぃ?髪バッサリ切ったの?」


「えへへぇ……。カッコ先輩とおそろい」


───あ……それで前来た時にカッコの髪型をいていたのか。


最早もはやカッコを崇拝すうはいしている。

デレデレと笑いながらルビーノはミディアムボブにした自分の髪をまんだ。


カッコがすすめるだけあって大変優秀な看護師だ。医師との連携もよく取れていて、おかげでルワカナの継続治療中も大事は起こらず比較的順調であった。

私のいない間も見えない努力をしてくれていたのだろう。


「ハァ……ハァ……。ピアナ様とカッコ先輩のそろみ……。とうとすぎる……ヤバい……」


彼女は私達を見るとよだれらしながら目を輝かせる。優秀だがここだけが難点だ。少し変態なのだ。

私もカッコも何故か女性にモテる。

カッコはルビーノの肩をバシバシと叩くと、院内へ彼女の背中を押して歩き出した。


「あぁ、はいはい、それはいいから。早く案内して」


「ハァ……ハァ……。懐かしの塩対応……。もう死ねる……」


恍惚こうこつの表情で少し猫背になった背中をカッコに押されながら、ルビーノはひとまず私達を応接室に通した。


見せてはいけないものだったかもしれない。リヒトとレノンは少し青ざめて固まっていた。





「会わせられないぃぃぃ!?」


応接室にて、話の初っ端からカッコは声を荒げた。

ルビーノは涙目で指を口元に当てる。


「先輩、院内は静かにぃっ」


「なんでよ!」


「本人たっての希望なんですぅ……」


ルワカナとの再会を期待していたリヒトはひどく残念そうな顔をして声をらした。


「どうして?」


私も頭をかかえ込む。

まだ病床にいるが経過は順調。小声で疲れない程度なら会話も可能にはなっていたが、まさかこんな展開は予想していなかった。


「聞き分けのない子どもは医療大全ぶん投げなさい!それで言うこと聞くから!」


「カッコ、落ち着け」


私はカッコを制止する。

静かに玩具おもちゃいじるレノンの隣でリヒトが一瞬ビクッとした。

聖典から進化している。酒の席ではあのように言ったが他所よそにまでけしかけないで欲しい。我ながら恥ずかしい。


しかし困ってしまった。双方にとって励みになる面会であるし、少しでもリヒトが元気付くと思ったのだが、これではきっつらはち。逆効果になってしまう。


「何故なんだ?会いたくない訳ではなかろう?」


「もちろんです。ねぇリヒト君。ルワカナは毎日君のことばかり話してるの。本心は会いたくて仕方がないのよ?」


ルビーノは私からリヒトの方に視線を向け直して言う。


「君のこと毎日心配していてくるの。自分の怪我の話以上に。でもルワカナにはルワカナなりの考えがあるみたい。わかってあげれるかな?」


ルビーノは優しく丁寧に語りかけてくれたが、リヒトも予想していなかった展開にすぐにうつむいた顔を上げれなかった。


「ルワカナは、今の僕のことを知ってるの?」


「少しだけね……。ピアナ様と話させてもらった」


「僕、嫌われちゃったのかな……」


「あり得ないわよ。毎日話すのよ?君の話ばかり。それに……代わりにって、手紙も預かってる」


ルビーノは優しく微笑みながら折り畳まれた手紙を手渡した。

リヒトは大切そうに両手で受け取ると、驚いた顔でまじまじと見つめていた。


「ピアナ様、ちょっと」


カッコはそこで私を応接室の外に誘い出し、廊下のすみまで来たところで小声で話し始めた。


「これでは予定が台無しですわ。でもピアナ様はもう一件大切な用事がありますから、リヒトのことは私に任せて下さい」


「いや、しかし……」


「信じて下さい。必ずリヒトに元気を取り戻してみせます。私は看護治療だけじゃない、人の心に寄り添う看護師でいたいんです」


「カッコ……」


私は暫くあれやこれやと悩んだが、ぐな眼差しで嘆願するカッコを信頼して一度リヒトを任せてみることにした。


───そうだね……カッコなら……。


「わかった。頼むよカッコ。夕方には戻って来るから」


「はい。無敵のカッコ頑張ります」


「とりあえず本は投げないでおくれよ?」


「あぅ!」と狼狽うろたえるカッコに小さく笑いリヒトのことを任せると、私とカシミールは一先ひとまずビルオレアていへと向かった。






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