面会


翌日──。

馬車の車窓からビルオレアの街並が顔を見せ始めた。

スルグレアと差程さほど変わらぬオレンジ屋根の住宅建造物の街並。ゴトゴトと揺れながら私達の馬車はその中を進んでいく。


皇主こうしゅていや主要政治機関の集まった中心部を東西南北に囲む各区には、それぞれの色がある。


皇国東部の我等が第1区スルグレアは、今でこそ区画くかく半分が壊滅かいめつして被災ひさいした街のイメージが強いが、元々は皇国内でも一番の医療先進都市だった。


皇国北部の第4区セイリオスといえば海産と交易、物流の街。誰もが認める商業の心臓だ。北部に位置するだけあって冬は寒く、この国の罪人を一手に収監するクストス牢獄ろうごくもここにある。


皇国西部の第3区ルルゴアといえばクラウディアの皇都。クラウディア中心地の皇主こうしゅていも政治機関も区画上ここに属している。周りを西の海と他3区に囲まれていて防衛上の利もある。

教育、文化、人口、あらゆる分野にいて高水準を誇る都会。一つ気に食わないのは他区を田舎者いなかもの扱いする高い鼻だ。


そして皇国南部に広がる第2区ビルオレア。

ビルオレアといえば真っ先に思い浮かぶのが……


ルルゴアの犬。


何も無い。区の色が無いのだ。

皇都ルルゴアにつとめる一部の者の居住区にはなっている。その者達も自身はルルゴアの人間だとうそぶく。何故か皆、自身の区名をかかげたがらない。

教育もそこそこ。医療もそこそこ。商業も農業もそこそこ。鉄工業が少し盛んだったのに、それもセイリオスに抜かれてしまった。

全てがそこそこの街。


区には当主の色合いが強く出ると聞くが、あの当主なら仕方ないかもしれない。何せルルゴアの顔色ばかりうかがっている自信の無い男だから。


しかし、そこそこに何でもあるので不便がないこと。南部に位置するので冬は他区より少し温暖で過ごしやすいこと。この理由によりルワカナの治療を引き継ぐ場として選んだのだ。


そう。私はリヒトの気持ちが少しでも前を向けばと、ルワカナに会わせに連れて来たのだ。先日に前もって面会の連絡も鳥で送ってある。


何度か経過観察に足を運んだが、会う度に少しずつ少しずつ良化していた。主にのどを痛めた為に呼吸はまだかなり辛かろう。

寝ている時間も長く、血霧ちぎり熱傷ねっしょうの為に念を入れて隔離かくりしていた。


時間は掛かったが、もうそろそろ面会許可を下ろしても良いはずだ。

面会の話をした時のリヒトの顔は少しほぐれていたし、これでせめて少しでも元気になってくれることを願う。


「リヒトォ、レノォン、これも美味しいわよ。食べるぅ?」


車内の向かいの長椅子でリヒトと息子のレノンの真ん中に居座るカッコが、干しブドウを頬張はおばって幸せそうな笑顔で2人にいた。


いつも仕事漬けで看護服姿ばかり見ているので私服の姿が珍しい。服が変わるとガラッと印象も変わったカッコは可愛いらしかった。


「僕いらないです」


「僕もいらなぁい……」


リヒトが丁寧ていねいに断り、レノンもポケーッとした顔で手元の玩具おもちゃいじりながら言った。


今回のむねを知ったカッコがリヒトのりを買って出たのだ。

シエロも気晴らしにどうかと誘ったが、安静にしているヒンメルのそばにいると言って来なかった。


カッコは私の多忙の助けになれば……と手伝いを申し出たが、これではまるでピクニックのようで、誰よりも楽しんでいる。


昨年の末にイータ師長にお酒の件で絞られてからストレスがまっていたようだし、ルワカナのいる医療院にはカッコの看護学生時代の後輩もいるからカッコ自身の気晴らしにもなるだろう。


───この元気がリヒトにも乗り移ってくれたらいいが……。


「カシちゃんはいらなぁい?」


「いらないわ……」


カシミールまで私のお供として付いて来た。私の左に座る彼女のみぎほほや腕には治療後の止血しけつ綿めんが貼られている。


いつも私の護衛だと必ずくっついてくるが、今回は疲れも怪我もあるだろうから必要無いと言ったのに、私の事となると心配性なくらい機敏きびんだ。


今回の行き先は2つ。ルワカナのいる医療院とビルオレア当主の屋敷。

カシミールもビルオレアには何度か来たことはあるがビルオレア家には行くのは初めてだ。

私は傷の事以上に、とある理由があって連れて来たくなかったのだが、後学こうがくの為にもと折れなかった。


私達はず最初にルワカナの元へ向かった。

ルワカナのいる医療院はビルオレアの中でも比較的スルグレア寄りにある。


区のさかいを越えてから程無ほどなくして、馬車はその門前に到着した。









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