再起



アルク・トゥールビオネ。


リヒトの父親の名。皇室教会職だったらしいが、スルグレア区に住んでいたとしてもこの地区でつとめていたとは限らないし、何の役職をしていたのかもわからない。


私も聞き覚えのない名だった。

災いの日の爆撃に家族そろって巻き込まれ行方ゆくえがわからず、リヒトもその時死んだと思っていたと。


現時点で考えても答えが出ないことなどはわかっている。私もテシトラもその件に関しては困惑の溜め息をらした。


その後、ノヴォが先導して彼の父親のむくろは丁寧に荼毘だびしたそうだ。

リヒトはしばらく泣き止まずに動けなかったという。監視に戻らねばならぬノヴォに代わってノシロンとカシミールが付き添ってくれていたらしい。


事案が事案なだけに、ノヴォはリヒトの許可を得た上で父親の凝固ぎょうこした血液の結晶をリヒトに形見として一つ。そしてもうひと欠片かけらを譲り受けたと言っていた。

その結晶に私が触れられるかはまだ判らないが、リヒトのためにも可能な限りは検査してやらなくてはならない。


しかし今は何よりも、リヒトの心情が心配だ。


「彼みずからら、父に針を刺したそうで……」


テシトラはうれいた顔で目を閉じた。


「全て私のせいだよ……」


私は机にして言う。


全て私の愚かな誤算から始まったのだ。

リヒトの意思は尊重そんちょうしたいがやはりまだ子ども。ヒンメルとシエロも同じく、そもそも戦場に連れて行くのが間違いだった。

部屋で暖炉のまきがパチパチと音を立てる。テシトラの静かな声が響いた。


「しかし私目わたくしめには奇跡の邂逅かいこうとすら思える。ラズリがあの子の奥底に眠った願いを叶えて、最後に父親と引き合わせた奇跡とすら……」


「奇跡だとしても、その代償だいしょうはどうだ?リヒトに一生続く傷を負わせてしまった!」


私は顔を上げて再び声をあらげた。


「それだけじゃない。他の子ども達も!リア姉さんなら、こんな風に若いに傷を負わせることなどあり得なかった。そもそも争うことなど無かった。全て私が悪いのだ!」


横顔の獅子しし咆哮ほうこう

スルグレア家紋かもん肖像しょうぞうが、部屋の壁で悲嘆ひたんの叫びを上げている。


「そんな風に言うのはお止しなさい。申したでしょう?見守る強さだと……。貴女あなたがこれ以上罪を背負うことはゆるされぬ。過去をいるのでは無く、今のこの時を我々にしか出来ぬ事に尽力じんりょくせねば」


テシトラはいさめる語気を少し強めて私に助言を始めた。


「子ども達を守るため、衝動的に打って出たそうですな。数発撃ったと……。軽はずみな行動はつつしみなさいな」


「治外法権だ。あれは仕方無かろう」


「とはいっても、どこに目があるかわかりませぬ」


私は再び机にして顔をうずめると、大きく息を吐いた。


「何度も済まぬ。……わかっているんだ」


私は気を取り直して顔を上げると真っ直ぐにテシトラを見据みすえた。

いつもと変わらぬ彼のりんとした背筋せすじと、落ち着いた顔のしわの深みが、私に再び強さと安心感を与えてくれた。


「次回までに地下の問題は必ず払拭ふっしょくする。それと別にもう2つ。編成の不足問題と子ども達の心のケアだ」


「強くなりましたな……」


テシトラはふわりと笑った。


───私には道標みちしるべがあるからね。アンタのおかげだよ……。


その笑顔に背中を押され、私は気持ちを引き締めた。

特にリヒトとシエロの心が心配だ。それに編成的にも、ヒンメルとシエロにこれ以上辛い想いをさせる訳にはいかない。


「リヒトとシエロに寄り添う。ついでに編成人材についても解決してくる」


「どうなさるおつもりで?」


正直に言って、内心ではとてつもなく乗り気のしない案なのだが、私は私情を捨てる覚悟を決めた。

子ども達の傷に比べれば、私の恥など安いものだ。


「我々にしか出来ぬことだろう?恥を捨てる。まずはリヒトを連れてビルオレアへ行く。先立って至急に伝書鳥を飛ばしてくれ」


テシトラはふと考えてから、とても満足そうにニコリと笑った。


「ふむ。それは良い考えですな……」





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