第9話 ビルオレアの奇人 (ピアナ)

自責







       仮にも2区の当主様に

     そんな口を利いちゃいけないよ 

        ド変態なんだから













───私がいたらなかったのだ!自分の情けなさに程々ほとほと愛想あいそが尽きる!


皆が去ってテシトラだけが残った部屋で、私は握りしめたこぶしを机に叩きつけた。


「落ち着きなさい」


テシトラはいつもと変わらぬ落ち着き払った声で私をいさめた。

決してえらぶる響きではない。ただ見守るように、いつもと変わらぬたたずまいと静かな声で私を包み込んだ。


「わかっている!わかってはいるが……」


やはりこの少人数で、過激派リジル共から可能な限り穏便おんびんに街を防衛するなど不可能なことなのだ。


圧倒的人材不足。


もし仮にノヴォが此処にいてくれなかったら、既に防衛など微塵みじんも果たせていないだろう。

そうでなくとも、あんな小さな子達まで危険にさらし傷をかかえさせてしまっている。


全て私が言い出したことだ。二度と戦争など起こしてはならないと、皇室議会にてスルグレアの単独自治、単独防衛に関して啖呵たんかを切ったのは私だった。


事情もありいたかたなかったとはいえ、結果この有り様だ。

私は浮かれていたのだ。

皆の愛に甘え、リヒトの事にしても何処どこかで油断していたのだろう。


私は自分にいだいた腹立たしさを抑えきれなかった。


「理想と意思をつらぬき物事を動かすには、それに見合った力が必要……」


テシトラはりんとした背筋を崩さず静かな口調で言った。

私がリヒトにはなったこの言葉は、かつて私がテシトラに言われた言葉でもあった。


「力とは、強さとはなんでしょうな。過去を背負い断固だんこたる意思をもって戦場に立つ彼らは激しく猛々たけだけしい」


その声は私の耳に優しく溶けるように染み込んでいく。


貴女あなたに求められるのは影なる静かな強さだ。見守ること程、その難しさが理解されにくい強さは無い。しかし貴女あなたのその影なる強さがあってこそ、彼らがくだけずに立てるのです」


それはなぐさめというわけではない。

テシトラの言葉はいつも私の道標みちしるべだ。ただひたすらに正しく大きい。


頭ではわかっていても、人は時としてそれに反して道を見失う。

私は大きく息を吸い込んで椅子にへたりこむと、大きく息を吐いて天井を見上げた。


「一つ一つ念を入れて精査せいさし、対策を進めねばならぬ……」


「そうですな……まずは冷静に。何より無事で良かった。あの子達の眼差まなざしに敬意けいいを。ラズリの御加護に感謝を」


テシトラはそっと目を閉じた。


今年は新年早々から激しい幕開けとなった。

ノヴォ達から報告を聞けば聞く程に私の気持ちは沈み、その沈んだ分が跳ね返るように自分への怒りに変わった。


ヒンメルは脚を骨折。頭部からの流血は幸い大事に至らなかった。

あれだけの恐怖にさらされたにも関わらず、気丈きじょうで元気に振る舞っている。

やはりお兄ちゃんだ。本当に強い子で頭が下がる。


むしろ心が心配なのはシエロだ。

懸命に勇気を振り絞った彼のおかげで、カシミールも命の危機までには至らなかったが、あれだけ緊張を張りつめた分、心に残った傷は相当なものだ。

優しい子だから尚更なおさら。あれからずっと元気がないと聞いている。


ノシロンは相当機嫌が悪かった。

負けん気が強い性格で、元々もともと戦場での自分に劣等感を感じていた上に、手合いでリヒトにしてやられたことも重なって今回はいつもに増して不甲斐ふがいさを感じたようだ。

報告もそこそこに去った。また隠れて修練しゅうれんをしているのだろう。


あんな若い子達に多くの爪痕つめあとを残してしまった。

全てが理想通りに進むなど思わない。綺麗事だけで済むとも思わない。これは影の戦争なのだから。


しかし今回のは失態も失態、私の大失態だ。あのアリオス兄弟の短絡たんらくな性格に油断していた。まさか地下の見落としなどがあろうとは思わなかった。


「次回に備えて地下の調査を洗い直さねばならぬ。血霧ちぎりの問題がある故、調査はノヴォ1人に負担をかたむけてしまうかもしれないが、まず最優先はそこからだ」


「今回、あの少年がいてくれたことに大変救われましたな……」


「ああ……。しかし……」


それだ。

いつもリヒトの話になると驚くことばかりだが、今回は本当に救われた。


前回のルカの言葉と自らの地下の見識から、いち早く危険に気付いてヒンメルとシエロに注意ちゅうい喚起かんきしてくれたらしい。

さらには手投げ弾から2人を守った上に、あのルカに一矢いっしむくいるとは本当に大したものだ。


しかし、それ以上に驚いたことがある。


「リヒトの父親が屍人しびととなって現れたのはどういうことだ?」


「理解に苦しみますな。クラウディア人の屍人化など聞いたことがない」


「リヒトがガリヤ人に触れられることと関係があるのだろうか?」


知れば知る程にリヒトの謎は深まるばかりだ。

彼の父については、ノヴォが少しだけいておいてくれたようだった。






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