罪科の覚悟



「はぁ!?」


「出来ない!だ……だって!」


「クソがぁっ!」


仰向あおむけに膠着こうちゃくしたまま叫ぶと、ノシロンは舌打ちと共にスネイクはさらに加速させる。

怒りを爆発させるように物凄ものすご鞭撃べんげきで近くの屍人達を仕留しとめると、瞬時に僕の方を向いて少女の屍人に鞭を振り下ろした。


オルキアス鋼の青白い光に背中をかすめられて、彼女はビクッと痙攣けいれんしてから僕の上で動かなくなってゆく。

憎悪と涙を浮かべていた赤黒い瞳も、悲し気に閉じていった。


ノシロンは残った屍人達を一掃いっそうしてスネイクをたばねると、僕のえりつかんでその子からがすように引っ張った。

そのまま起こされると腕を引かれてバリケードの上まで連れていかれた。


「このボケがぁっ!」


バリケードのいただきまで来たところで、僕はノシロンに思いきり殴られる。

星が飛ぶような痛みが顔面に広がり、後ろに倒れこんでしまう。

ノシロンは僕に歩み寄るとむなぐらをつかんで眉間みけんしわを寄せた顔を近付けた。


「何やってんだテメェはぁっ!」


「だって!……だってノシロンは知ってるの?屍人は!この人たは!」


僕は目をぐに見返して叫ぶ。


「元々は穏健派の人達じゃないか!」


「だからどうした!」


「何の罪もない普通の人達じゃないか!」


「んなこたぁわかってる!」


僕の声をかき消す程の大きなノシロンの怒声が夜空に響き渡った。


「だから何だ!ここは戦場なんだ!らなきゃられる!何故屍人と呼ぶか知ってっか?奴らはワケわかんねぇ爆弾を味方に持たされて!そのせいで頭乗っ取られて憎しみに支配されて!ただ動くだけのバケモンになっちまった!もうほこりも魂も死んでんだ!お前もわかってんだろ!」


「泣いてた!あの子は泣いてたじゃないか!」


「だったら尚更なおさら終わらせてやれ!」


ノシロンは掴んでいた僕を突飛つきとばすと歯をしばる。

息を荒げたまま見上げた彼の向こうには、まばゆい星空が広がっていた。


「屍人を戻す方法なんてねぇんだ!終わらせてやるしか道はねぇんだよ!お前のこと少しでも見直した俺が馬鹿だった。生半可なまはんかな気持ちでここにしゃしゃり出て来んじゃねぇ!その右手の傷は何のためにあんだ!」


そこまで叫んで、ノシロンは白い吐息を吐きながら次第に落ち着いた顔に戻っていく。

下を向いた僕に、上下する肩を落ち着かせて今度は静かな声で言った。


「お前の覚悟は……その右手の痛みはその程度のものだったのかよ……」


覚悟……。

それはノヴォさんに出会った時にも訊かれた言葉だった。


僕は、何が起きても進んでいくつもりだった。

どんなことでも背負うつもりだった。

僕は手を伸ばすことだけに必死で、背負うことの覚悟が足りなかったのか。

でもまさか、あの屍人達も僕と同じように、ただ奪われただけの何の罪もない人達だなんて思ってもみなかった。


僕の背中はっぽけで、伸ばした手は誰の救いにも届かない。


「うぅ……ぅ……」


何も言い返せなくて、僕の目からは涙があふれた。

むせび泣いてむせび泣いて、あたりには吐息の白さと僕の嗚咽おえつだけが広がってゆく。

暫くの沈黙の後に、何も言わず僕を引っ張り起こしたノシロンの目は少し悲しそうだった。


「お前はお前なりに良くやっただろうよ。でも綺麗事なんて通用しねぇ、優しさをちがえちゃいけねぇんだ……。街の方へ戻るぞ。他のが寄ってくる」


そう言って僕の腕を掴み歩き始めたノシロンの声は、今まで聞いたことのないくらい優しい声に聞こえた。


握られた手に僕はふと昔を思い出す。ノシロンの手は、災いの日に僕を引っ張って走ってくれたルワカナの手のように大きかった。


僕は、あの頃から何も変われていない。

もっと強くならきゃいけない。伸ばした手が届くように。

もっと大きくならなきゃいけない。何もかも背負えるように。


戦い終わったその日の夜風は、そよそよとでるように僕のほほの涙にれた。





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