孤独な屍人



暫くして涙が止まった後も、僕らの間に会話は一切無かった。

夜の冷気で耳が少し痛い。


うつむいて歩く僕と前を行くノシロンの地面を踏みしめる音だけが続いてゆく中に、やがて瓦礫を蹴って駆ける足音が近付いてくる。

警戒してノシロンと共に身構みがまえた。


「リヒト。ノシロン」


ノヴォさんとカシミールだった。僕は2人の姿をとらえて安堵あんどの溜め息をらす。

ノシロンもスネイクを下げながら胸をで下ろした。


「奴らは?」


「去ったよ。ひとまず休止だ。おそらく今日はもう来ないと思うが、皆はいつも通りネメア礼拝堂で待機。休むんだ」


ノヴォさんは夜空を見上げた。


「今日は幸いにも丁度リエラ青白い月の沈む日だ。あと半日というところか。厳戒げんかい体制たいせいは朝方まで。私が監視する」


言われて気がついた。リエラ青白い月は最初に見た時よりも随分ずいぶん低い空に浮かんでいる。


誰も口を開かない。

辺りには白い吐息といきに混ざる皆の忸怩じくじたる思いだけが漂う。

そんな僕らを見兼ねてノヴォさんが一言ひとこと告げた。


「みんな、新年おめでとう。良く頑張ったよ」


僕らは言われて初めて年が明けていることに気が付く。

ノヴォさんは続けて僕の頭をでて、そこで赤く腫れた頬に気付いたみたいだった。


「リヒト、どうしたんだい?」


「え?」


「顔……」


ノシロンが振り向いて口を開いた。


「ノヴォ兄すまねぇ。俺が……」


「何でもない!」


僕は慌ててノシロンの声をさえぎった。


「足がもつれて……、屍人も多くて……。ノシロンが全部助けてくれました。だから……何でもないです……」


ノシロンは下を向いて、それから何も喋らなかった。

ノヴォさんは一瞬怪訝けげんそうな顔を見せたけれど、何も言わずにもう一度頭をでると親指で優しく僕のほほこすった。


足が重い。まるで瓦礫を引きって歩いているみたいだ。

僕はふと前を歩く3人の背中を眺めた。


今まで背負ってきたものの重さが、その背中をとても大きく見せて、僕はいつか皆と並んで歩ける日が来るのかなと、また下を向いた。

今日までのことを振り返り、皆の言葉を思い返しながら、3人の後をついて歩いてゆく。

故郷の夜は僕らに何の声も掛けずに、ひたすら静寂を保って佇んでいた。




「珍しいわ……」


やがて長く続いた静寂せいじゃくを破ったのは、先頭を歩くカシミールの不意なつぶやきだった。

急に歩みを止めた彼女に僕らも釣られて足を止める。


「屍人?」


ノシロンが戸惑とまどいながら言った。

もう街とバリケードの中間に差し掛かっているこの辺りで、屍人を見かけることが珍しそうだった。


「あれホントに屍人か?」


「屍人以外に無いでしょう?」


そう言ってピオッジアを構えるカシミールを制止してノシロンが前に出てゆく。


「いいぜ。弾勿体もったいねえだろ?俺が行く」


ノヴォさんも2人と同じように戸惑とまどった様子を見せた。

その脇から顔をのぞかせて見えた屍人は、まるで何かを探しているかのように瓦礫の合間をうごめいて彷徨さまよっていた。


他の屍人とは明らかに違う。

ノヴォさんと同じくらいの背丈せたけの男性の屍人で、髪は白いけれど何故か黒髪が混じっている。

肌も真っ白な部分とそうでない部分があってただれているようにすら見える。

服はボロボロでその役割を果たさず、ただの布切れのように体にぶら下がっていた。


「何故襲ってこない?」


ノヴォさんが呟くと、彼もこちらに気付いたようにゆっくりと視線を向ける。

僕はその屍人と目が合うと思わず驚いて息を飲んだ。

目の前の光景を信じられずに、しばらくの間硬直してしまった。

『時間が止まったよう』だとよく言うけれど、その時まさに僕の時間は止まった。


「ま……、待って……」


小さな声で言うと、ノシロンがけわしい顔で振り向く。


「ああ?……お前、また」


「違う……違うよ!待って!」


僕は駆け出した。


「お、おい!」


通りすぎたノシロンが驚いて声を上げる。

カシミールはピオッジアをかまえ直した。


「待って!撃たないで!お願い!」


振り向いて叫んだ僕の目からこぼれ落ちた涙を見て、カシミールも驚いた顔でピオッジアを降ろす。

重たい足を必死に動かして地面を蹴る僕を、屍人はただじっと見つめていた。


───夢じゃ……夢じゃないよね?

───僕はもう……諦めてたんだ。


たくさんの感情があふれ、涙で視界がゆがんでつまずく。

それでも僕は鼻をすすりながら必死に瓦礫の合間を走った。


───ずっと、ずっと会いたかったよ……。

───どうして?……今まで何処にいたの?


今まで心の奥に締まっていた思いを、僕はありったけの声に変えて、呼び掛けた。


「お父さぁん!」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る