生への執着


どれくらい街から離れただろう。


ルカの殺意は常に真後ろにあって、時折ときおりそれは爆炎になって僕の背中を押し続けた。


しばらく走り、すっかり肺が悲鳴を上げた頃、目の前に明らかに人為的に作られた瓦礫の山がつらなっていた。


───これは?……これがピアナ様達の話していた瓦礫バリケード?……じゃあここまで5キロくらい。


「リヒト!?」


息を上げながら瓦礫に足をかけた僕は、その天辺てっぺんを駆けて現れた影に顔を上げた。


「ノシロン!」


「なんでお前がいんだよ!てか、もうへばったのかぁ?」


グローブをはめたノシロンの右手の先には、スネイクの先端が青白く光を放っている。

ノシロンは軽く白い息を上げながら迫ってくるルカに目をやると、詮索せんさく程々ほどほどに僕に叫んだ。


「さっさと登れ!一つ言うが助ける余裕はねぇからな!」


僕はくように必死に瓦礫をよじ登る。ノシロンはスネイクを構えながら、たどり着いた僕に左手を伸ばすとグイッと引っ張り上げていぶかしげな顔を見せた。


「アイツ、俺らを出し抜いてあそこまで行きながら、なんでこっち向かって来てんだよ」


「僕を追いかけてきてる」


僕の一言でノシロンは全てを理解したように溜め息をつく。


「お前……、また人に嫌われることしたのか……才能だな」


───また?またって何?僕何もしてないけど。


ノシロンを見ると鼻で笑っていた。


「ま、でも良くやった。街から離せた上に爆弾もそこそこ使ったろ。今日こそ仕留しとめてやらぁ!」


瓦礫の下で目に見えない組み手をしながらノヴォさんとルカが火花を散らしている。

一瞬、ノヴォさんはこちらをチラッと確認すると、ルカに激しい蹴りを一撃食らわせて後方へふ吹き飛ばす。

その勢いそのままにこちらの瓦礫に跳び移ってノシロンの横に立った。


「ノシロン、疾くなったね。助かった」


「いや、ノヴォ兄すまねぇ。遅くなった」


2人に見下ろされて、吹き飛ばされたルカがほこりを払いながら立ち上がりゆっくりとこちらをにらむ。

その口元からは少し血霧が浮かんでいた。


「えらく粘着質ねんちゃくしつだねぇ、雷光フルミネ。しつこいジジイは嫌われるぜぇ?」


「私はまだ32だ」


「老いぼれの死にかけジジイじゃんかよ。それに、役立たずのノシロン君じゃん?今さら来たのかよ」


「黙れよカス。不意打ちしてガキ狙ってんじゃねえよ」


ノシロンが不機嫌そうに舌打ちして続けた。


「どうせもうバテてんだろ?珍しくいっちょまえに頭使って疲れたか?この指揮者気取きどり」


「音すら出せねぇ役立たずが粋がるなよ。俺が用があるのはそっちのクソガキだ」


ルカはニンマリと笑って、両手に持った手投げ弾を前で交差してかまえた。


「リヒト、今のうちに後ろに降りて、すぐそこにある小高い廃墟まで走れ」


「は、はい」


僕はノヴォさんに言われるまま瓦礫バリケードを反対側へ走って下り始める。

後ろではノシロンとルカのあおり合っていた。


「指揮棒代わりの爆弾も、もうほとんど無ぇんだろ?ガキにここまで誘導されたことに気付かねえのかよ」


「俺が付き合ってやったんだ。今までは序曲。せいぜいモデラートだよ。遅ぇ遅ぇ」


───付き合ってやった?


瓦礫を駆け降りた時、背後からルカ叫び声がとどろく。


「こっからアレグロだ!」


どうやらルカは2人に向かって手投げ弾を投げつけたようだった。

想定外に速かったのか、振り向くとノシロンとノヴォさんがお互いに左右に跳んでける瞬間が見えた。


その合間を縫って、2人の足下に投げた爆弾すら通りこして悠々と瓦礫のいただきから僕に跳びかかってくるルカの嫌な笑みが見える。


───い、今まで遊んでいたの?ってくらいはやい!


2人がいた場所で爆弾が音を立てて炸裂する。

まるでその勢いに乗るかのように、ルカは僕に殺意を向けながらさらに加速して飛び降りてきた。


ノシロンとノヴォさんに合流して少しだけ安堵していた僕の心臓は、死の恐怖からまたドクンと大きな鼓動を上げた。


真横に跳んだノヴォさんとノシロンは爆風に曝されながら、空中で同時に慌てた顔を振り向かせる。

命のせめぎ合いは、時間をひどくゆっくりと見せた。


心臓が一つ一つ鼓動を告げる度にルカが白い髪をなびかせて近付いてくる。


───こ……殺される。

───こんなところで、死ぬ訳にはいかない。


爆風で崩しかけた体勢を踏ん張り、急いで身体をひねって振り向いた時、既にルカは目の前に迫っていた。


──(これは敵を倒すためのものではない。自分を、そして大切な人を守るためのものだ)


──(絶対に忘れないで。命を決しておろそかに扱わないことを。さきに自分の身を守るの)


ピアナ様とカッコさんの声が頭の中に響く。

同時に、小さな頃のルワカナとの記憶が脳裏によみがえった……。


──(ここだけが俺の居場所なんだ。お前には……お前にはわかんねぇよ)


不意に全身の血が沸き立つかのように、僕の意識を明瞭にする。


つむじ風が吹いた。


───動きが遅い。もっとはやく動け!僕の腕!……僕には、守らなきゃいけない約束がある!


喉元のどもとつかみかかろうとするルカの方へ体を向けながら、すかさず右腕の針を伸ばす。


「なっ!?」


ルカは目の前に着地しながら驚いた顔を見せると、互いの右腕が交錯こうさくする瞬間に左手で僕の腕当てを止める。

がった砂塵さじんが辺りをひどくゆっくりと漂っていた。


しばらく目を見開いて驚いていたルカは、自分の顔の直前で制止した針を見つめると不敵ふてきに笑い、瞬時に僕ののどを右手で鷲掴わしづかみにした。


「お前、疾ぇじゃん。……でも遅ぇ。喉を焼かれてもだえて死ね」


「あぁぁぁぁぁぁぁっ!」


こめかみに血管を、口元に笑みを浮かべて、つかんだ僕ののどを押し込んでくる。

ルカの口元の血霧が微かに肌に触れた。


熱い……。

のども握りしめた拳までもが熱くほとばしる感覚に襲われた。


「苦しいか?初めて良い音出したなぁ!」


ルカは満足そうに笑う。

僕は痛くて叫んでいる訳ではない。どうせけられるか止められるかと思っていた。


───お前だけは絶対に許さない!全部ぶつけてやる!


僕は手足に力の限りを込めて、いた左手を思いっきりルカの右頬みぎほほへ向ける。


「あ?」


不意を突かれながらも、ルカの動体視力は当然のようにその動きを追う。

咄嗟に防がれかけたものの、それでも僕の左手はありったけの力で相手の顔にめり込んで体ごと吹き飛ばした。





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