放逐



地面に叩きつけれて、ルカはにぶうめき声を上げた。


先程の爆弾から体勢を立て直したノヴォさんとノシロンが、すかさずその瞬間を狙ってルカに跳びかかり針と鞭を伸ばす。

ルカはすんでところで身をかわし、消えるように奥の瓦礫まで跳び移った。


「リヒト。今の君の疾さは……まるで」


舌打ちをして悔しがるノシロンの横で、ノヴォさんは驚いて目を丸くする。

その声を遮ったルカの雄叫おたけびは、まるで全ての怒りを凝縮ぎょうしゅくした咆哮ほうこうだった。


「あぁぁぁぁぁぁぁっ!……下賎げせんたみが!……楽器風情ふぜいがこの俺を殴りやがったぁっ!」


ルカは身を前にかがめ、怒りにふるえながら僕をにらみ付ける。その目はアルル黄色い月を背にその燃えるような赤さを際立きわだたせていた。


「何だお前は!なんで俺らにさわられて何ともねぇんだよ!」


僕に殴られた口元から血霧ちぎりが浮かぶ。


「クソガキがめた真似しやがって!こんな屈辱くつじょくは初めてだ!簡単には殺さねぇ!死にたくなるまでいたぶってやるよ!」


ルカは顔や手のあちこちに血管を浮かべると、目にも止まらぬはやさで持っている手投げ弾をまとめて投げつけた。


僕とノシロンが慌てて後ろへ回避する中、ノヴォさんだけが数ある爆弾の中をぐルカの方へと突っ込んでゆく。


「ノヴォさん!」

「ノヴォ兄!」


2人でバリケード脇の瓦礫の壁に急ぎ隠れると、爆弾が一斉にけたたましい爆炎と爆風を起こす。

舞い上がった爆煙の先ではノヴォさんとルカが戦う影が見えた。


「邪魔すんな雷光フルミネ!あのクソガキに災いの日以上の地獄を見せてやらぁ!」


「させる訳ないだろう!」


一瞬感情をかせたノヴォさんのはやさが増す。

目に見えない組み手の応酬おうしゅうてノヴォさんの蹴りがルカの鳩尾みぞおちするどく入ると、ルカはたまらず後方へ跳んで退しりぞいた。


追撃を試みたノヴォさんは、突如現れた白い影に割って入られて動きを封じられてしまう。

それはツイストスパイラルの波打った白い髪と、耳や口に着けた輪っかピアスを揺らしながら消えるように加速するガリヤ人だった。


「シロン!」


白い厚手あつでの服からのぞく首からほほにかけてのずみらしき紋様もんようが、服と肌の白さに浮かんで残像のように影を残す。

その後を追うように、夜風を突き抜ける甲高い音がヒュンッとルカ達の近くをかすめた。


───奴の弟?じゃあ今のは、カシミールの銃弾?


ノヴォさんの追撃を振り切った2人はそろって奥の瓦礫に跳び移る。蹴った地面の跡には3発の銃弾が連続して着弾した。


「何だよ兄貴、もしかして演奏失敗した系?逃げて来てんじゃんよ」


「っるせぇ!俺は追っかけて来たんだよ!お前こそ何逃げて来てんだよ!」


ルカは自分の血霧ちぎりを不機嫌そうに払った。


「いやぁ、やっぱアイツ強ぇわぁ。でも今日は良いが見れたぜぇ!早く帰ってえがきてぇっ!」


「黙れよ!瞬間記憶しか能がねぇくせに!こっちは耳が腐りそうなんだよ!」


2人が兄弟喧嘩を始めるうちに現れたカシミールがノヴォさんのかたわらへふわりと着地する。僕とノシロンも急いでそばに駆け寄った。


「カシミール。無事で良かった」


ノヴォさんは驚いた顔を見せた。

カシミールは息すら上がっていない。それでも右ほほと手から少し血を流していて、身体中にすすっぽい汚れとほこりの白い汚れがたくさんついている。

きっとカシミールがここまで追い詰められるなんて珍しいに違いない。


「何が『良い』よ。乙女おとめの顔に傷をつけて。死ね」


彼女は普段の澄まし顔を変えず、右目でシロンをにらみ付けると腕一本でピオッジアを連発する。

言い合っていたアリオス兄弟はたまらず散らばった。


──カシミール、めちゃくちゃ怒ってる……。


「なぁ兄貴、俺早くきてぇ。もう帰ろうぜぇ?」


「っるせぇっ!まだこれからだろ!1人で満足してんなよ!」


「だって兄貴も実はバテバテじゃん?」


ルカは不服そうに舌打ちをすると、僕をしばらくにらみつけてから言い放った。


「クソガキ、必ずもう一度災いを味わせてやる」


そう言い残して2人はきびすを返し闇夜に消えてゆく。その後には爆煙の余韻よいんゆるやかに辺りを漂っていた。


僕の心臓はそこでようやく落ち着きを取り戻し始めた。激しく脈打って十年は寿命が縮んだ気分だ。

僕は両膝に手をついて深く安堵の溜め息を吐く。


「これから追撃する。カシミール、遠距離補佐を頼む」


「了解」


ノヴォさんが腕当てを整えて、カシミールは慣れた手つきで素早くピオッジアの弾倉だんそうを取り替えた。


「ノシロンとリヒトは警戒しながら少しずつ退け。これだけ騒いだら屍人しびとが大変だ」


「は、はい」


返事をするとノシロンは悔しそうに、そして珍しく沈んだ声でうつむいた。


「すまねぇ……ノヴォ兄……」


「何を言う。ノシロンのおかげで助かった」


「俺……何も……」


「そんなことはない。それに今日は騒がしいみたいだ。リヒトを頼むよ」


「うぃっす……」


ノシロンの小さな返事を聞き届けると、ノヴォさんとカシミールは2人の白い影を追い掛けて闇の中へと消えていった。







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