涙の流れ着く先


ルカは手にまとめて持った手投げ弾のピンを口で抜くとそのまま投げつけた。


「ヒンメル!リヒト!」


叫ぶピアナ様の胸の中でぶるっと身構みがえた瞬間、僕は微かにここの建物まで現れた光が見えたんだ。


建物下の窓に消えた光はさっきの爆発で出来た穴から再び現れると、クルッとを描きながら跳んでルカの手投げ弾を全て蹴り上げる。


───ノヴォ兄ちゃんだ!


高く蹴り上げられた爆弾は夜空で大きな音を立てて散った。

爆風で飛ばされたノヴォ兄ちゃんがこっちの屋上に転がりながら着地する。

ルカが煮えたぎったスープのような顔でにらみ付けて叫んだ。


雷光フルミネェ!」

「やってくれたなアリオス……」


ノヴォ兄ちゃんは立ち上がりながらほこりはらった。


「ノヴォ……」


ピアナ様が少し胸を撫で下ろしたのがわかった。ノヴォ兄ちゃんは静かに、でも聞いたことのないくらい重い響きで言った。


「当主、私目わたくしめの大失態、誠に申し訳ありません。後はいますゆえただちに皆と撤退てったい下さい。3人とも、良く頑張った」


「何を言う。すまない」


ピアナ様は僕を降ろすと

「ヒンメル、良く頑張ったよ」

と泣きそうな声で言いながら換わりに兄ちゃんを抱いた。


兄ちゃんは安心したような笑顔を見せて目を閉じる。

ピアナ様はすぐにりんとした顔に戻って、ヒンメル兄ちゃんを抱えたまま階段に向かって僕らを催促さいそくした。


「リヒト、シエロ、行くよ」


「僕は残ります」


急いで銃を両手に持ってピアナ様の後に続こうとした僕は、リヒト兄ちゃんの返事に驚いて振り返る。


「リヒト!何を言って……!」


「ワガママじゃありません。僕が一緒に行けばあいつは必ず追いかけてくる。そしたら皆も街も危なくなる……」


リヒト兄ちゃんはグッと拳を握りしめていた。

でも僕は気付いたんだ。その手がほんの少し震えていたのを。

リヒト兄ちゃんも、ホントは怖いんだ。


「それに2人の護衛が僕のお役目なら、ここで足止めするのが今出来ることです」


「馬鹿なこと言ってんじゃないよ!」


ピアナ様が大きな声でいさめると、ルカがまたニタリと笑ってから怒りをらした。


「自己犠牲ご苦労なこったなぁ。でも間違っちゃいねぇぜぇ?お前だけは絶対ぶっ殺す!最高の音を出させてからな」


間に立つノヴォ兄ちゃんが腕当てから針を出しながらたずねる。


「リヒト、何かしたのか?」


「いえ、前にノヴォさんに『人のことまでさぐるのは良くない』って言われたけど、さぐったつもりは無いけど知らないうちにあいつのしゃくさわってたみたいです。それ以上にあいつ僕のしゃくさわってますけど」


ノヴォ兄ちゃんは一瞬笑うと、真面目な顔に戻って横目でリヒト兄ちゃんを見た。


「リヒト。残ると申した言葉、本物か?」


「はい!」


「良い覚悟だ……」


リヒト兄ちゃんの震えが止まった。


「当主、リヒトの言うこともあながち間違いではありません。私が命をもってでも守ってみせます。ここはどうか早く2人を、特にヒンメルを急いで医療院へ……」


ピアナ様は階段から不服ふふくそうにノヴォ兄ちゃん達を見つめて息を吐く。


「ノヴォ、必ず果たせ。そして必ず帰ってこい。リヒト、帰ったら聖典じゃ済まさないからね」


───聖典?何のお話?


「はい!」


リヒト兄ちゃんは自分を奮わせるように声を上げた。


「シエロ」


「は、はい!」


ピアナ様に呼ばれて階段を降りようとして、僕は一瞬だけ立ち止まるとリヒト兄ちゃんに声をかけた。


「リヒト兄ちゃん。リソル、約束だよ……」


リヒト兄ちゃんは返事代わりに横目で微笑んだ。

僕はまた泣きそうになったのをこらえて階段を駆け降りる。


「ヒンメル、頑張れ。頑張れ」


兄ちゃんをあまり揺らさないように、そして僕が遅れないように気を遣って走るピアナ様の後を、必死について走る。

しばらくって遠くなっていく建物から、また爆弾の閃光せんこうと大きな音が届いて一瞬振り向いた。


───リヒト兄ちゃん……。ノヴォ兄ちゃん……。


───ラズリ様……。兄ちゃん達はみんな何も悪いことしてません。どうか罰を与えないで下さい。どうかみんなを救って下さい。


───もしラズリ様が怒ってらっしゃるのなら、僕のこの目をあげます。だから兄ちゃん達には、ずっと笑顔で平和な毎日を見ていられるように御慈悲を下さい。お願いします。お願いします。


走りながら僕は必死に祈った。

一息吐くごとに昇っていく白い息が、願いを夜空に届けてくれますように……。


今年の始まりの最初の1日。

僕の新年は涙とほんの少しの勇気で始まった。


2つのお月様が、いつもよりもちょびっとだけ大きく見えた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る