第8話 惜別と壮途 (リヒト)

初陣







       僕の初めての大きな罪……

          それは

     この手で父に別れを告げたこと……













僕は夜風の冷たさに吹かれて少し落ち着きを取り戻した。

冷静にいたつもりだったけれど、焦りと勢いで思わず残ってしまった。


初めて過激派リジルと対峙した僕は驚きと焦りを隠せない。奴等は思っていたよりもはるかにはやく狂暴だ。

ノヴォさんの足手まといにだけはならないようにしないといけない。


遠くから爆発音とカシミールの銃声音が耳に届いた。


「バレちまったかぁ。あっちに行かなくていいのかぁ?雷光フルミネェ」


また爆弾を手でもてあそびながらルカが笑う。


「カシミールは強い。心配するなら自分の弟を心配しろ」


「それこそそのまま返してやる。裏切り者の先輩さんよ。かつての『ガリヤの雷光フルミネ』も地に落ちた。片足を失って俺を捕まえることすら出来ねぇお前が、そこのクソガキを守りながら戦えんのかって言ってんだよ」


ルカは再びこちらの建物に降り立つ。


「今じゃ俺がガリヤ最速だ」


手投げ弾の起爆ピンに指をかけた瞬間、ノヴォさんはその場に光の影を残してルカの目の前で針を振りかぶっていた。


「誰が最速だって?」


「!」


ルカは慌ててピンを放し左手でノヴォさんの右腕をつかむ。

そのまま咄嗟とっさにノヴォさんの右の義足を振り払う素振りを見せながら、空いた右手で突き飛ばすと、また後方の廃墟へ跳び移った。


「へぇ……。やるじゃん。涙ぐましい努力だねぇ。片足でよくやるこった」


「お前が走らせてくれるもんだから身体は温まったよ。それに片足じゃない。友がくれた立派な私の足だ」


「強がるねぇ。前のよりは小マシみたいだが、所詮しょせんただの金属だろ?」


ルカが首をポキポキと鳴らす。

ノヴォさんはルカと距離を取り、僕に静かに声をかけた。


「リヒト、必ず守るが君を見込んで一つ協力して欲しい。奴は足のはやさに関して本物だ。この場合の最善策をどう取る?」


最善策……。

僕は汗をたらしながら必死に考えた。

街に近付けるワケにはいかない。ノヴォさんのお荷物になってもいけない。


どれだけノヴォさんがはやくても奴も本気のはやさを見せていない。

正直自分よりも疾いとノヴォさんも言っていた。


ノヴォさんが戦ってくれている間に迷惑にならないよう逃げたとしても、追い掛けられて街へ誘導するようなものだ。


おとりになって街と反対方向へ走ったとしても、追い付かれてノヴォさんに迷惑を掛けるのが目に見えている。


奴が僕を見逃すはずがない。

僕は必死に思考を巡らせて、やがてつぶやいた。


「戦いながらジリジリ街から遠ざけて僕はノヴォさんからなるべく離れない……」


ノヴォさんはさも満足そうに口元に笑みを浮かべた。


Bravissimoすばらしい!……リヒト、しかしえて無茶を言う。街と反対方向へ、瓦礫の中をひたすら走れ」


それではノヴォさんに余計迷惑を掛けてしまわないかと、僕は一瞬戸惑とまどった。


「急いで建物を降りたら一直線に北東へ」


ノヴォさんは腰の影から後ろ手に親指でクイッと方角を示す。


「必ず守る。私を信じろ、リヒト」


北東。

方角を聞いて僕はハッとした。その方角に行けばノシロンがいる。

ノヴォさんの低く静かな声は、聞けば聞く程に不思議と心強くて安心させられた。

こんなノヴォさんの声を聞いたのはいつ以来だろう。


───そうだ……。あの日だ……。


僕はノヴォさんと初めて出会った日の夕焼けを思い出した。


───走れ。ルワカナを背負せおったあの時と同じように、ただひたすら我武者羅がむしゃらに。


きっとノヴォさんは少しだけ僕を認めてくれたのだろう。

役に立てるだなんて思わないけれど、ノヴォさんを信じて少しでも足手まといにならないようにすることが、今出来る精一杯のことだった。





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