振り絞った勇気




「ぼ、僕が!?……僕なんか無理だよ!怖いし、弱虫だし!」


僕のことなんかを買い被りすぎだと狼狽えた。

僕はもう早く逃げ出したくて仕方なかった。


「違うよ……」


兄ちゃんは痛みをこらえて、ゆっくりと上半身を起こす。


「シエロのこと臆病だって言っちゃったけど、ホントは違う。シエロは臆病じゃなくて優しいんだ。ホントに弱い臆病な奴は優しくなんかなれるもんか」


瓦礫の影に隠れて、兄ちゃんは発光弾の入った銃をこっそり僕へ手渡した。


「シエロは強い、必ず出来る。お役目を果たして家族を守らなきゃ。僕らはみんなの目なんだから」


───兄ちゃん……。


どうしてこんな状況でそこまで思えるのか、どうして僕なんかをそんなに信じてくれてるのか、僕にはわからなかった。

兄ちゃんは怪我をして血も流してるのに、同じ双子なのに、どうして兄ちゃんはそんなに強くて大きいのだろうと驚いた。


──(ずっと一緒だ)


僕はふと兄ちゃんがよく言ってくれる言葉を思い出す。

兄ちゃんは、気付けばいつも僕のそばにいてくれた。

兄ちゃんがいるだけで僕は辛いことがあっても生きてこれた気がする。ずっと兄ちゃんが守ってきてくれたから……。


僕はいつも甘えてばかりで、僕は兄ちゃんがいないと何も出来ない弱虫だ。


でも……でも……。


僕が甘えてばかりだから。

僕がいつも泣くから。

兄ちゃんがこんなになってまで、涙も流さず痛みをこらえて立とうとするんだ!


「シエロ、帰ってみんなでリソルを食べるんだ……」


───リソル……。


いつものみんなの笑顔が頭に浮かんだ。

僕はその時、何だか物凄く大きなものに守られていて、そして何故か急に強くなれた気がした。


そうだ、やらなきゃいけない。

僕がやらなきゃ、やらなきゃみんな死んでしまう。

僕はもう嫌なんだ。もう誰もいなくなるのは。


───泣いた分だけ勇気を出すんだ、シエロ。


涙が止まった。

急に芽生えた理由わけもわからない勇気に背中を押され、僕は手元の銃を握りしめて思いきって影から飛び出すと、離れた先のルカの足元に銃口を向けた。


ヒンメル兄ちゃんもリヒト兄ちゃんもビックリした顔をする。


「シエロ!?」


「目を閉じて!」


叫びながら僕は目を閉じて引き金を引いた。

銃弾がルカの足元に当たってものすごい光を放つ。ルカは大きな声で叫んだ。


───どうだ!目が良い分、まぶしくて何も見えないだろ!


僕は咄嗟とっさに目を閉じた勢いのまま下を向いて集中した。


───急げ……。でも慌てるな、集中だ。僕は出来る……。だって僕は……。


──兄ちゃんと同じ目を持ってるんだから……。


恐る恐るうっすら目を開けると、あおい世界の中で発光弾がまばゆい光を放っていた。


「こぉぉのぉぉクゥゥソォォガァァキィィがぁ」


ルカがしかめっ面で目を閉じて叫んでいる。世界はゆっくりと流れていた。

リヒト兄ちゃんとヒンメル兄ちゃんはしっかりくらまましをけれたようだ。


───成功だ!


僕はそのまま下の階へ急いで駆けて降りた。

世界がゆっくりと時間を進む分だけ、自分の動きもすごく遅く感じる。

僕はひどくスローモーションの世界で重たい体を必死に動かした。


暗転あんてんする階段でもつれそうになる足に力を込めて下の階の窓際まで来ると、瞳を細めて広がる廃墟の左端から右端まで目を凝らす。


発光弾のせいで見えづらい景色の中で、辛うじて見つけたノヴォ兄ちゃん達は、3人共にひどく慌てた表情でこっちに向かって駆けつけてくれていた。


───みんな……、みんな僕らのためにありがとう。


その時、僕はカシミール姉ちゃんの背後から迫りくる赤い瞳に気づく。


───いた!……奴の弟のシロンだ。ホントに不意打ちを狙ってたんだ!姉ちゃんは気付いてない!


僕は急いで銃を窓枠まどわくに掛けると南側のカシミール姉ちゃんとシロンの間を狙う。

シロンは徐々にカシミール姉ちゃんに追い付き始めていた。


───カシミール姉ちゃんに!……手を出すなぁ!


思いっきり引き金を引いた。

先程ルカに向けて放った発光弾がジワジワと光を消してゆく中、新たな発光弾は途中から流星のように光を強めながら、カシミール姉ちゃんの少し向こうへ落ちて輝いた。


カシミール姉ちゃんは一瞬驚いた顔を見せて後ろを振り返る。

これでカシミール姉ちゃんも気づいてくれたはずだ。


急いで引き返すと、白く息を上げながら階段を登ってくるピアナ様と目が合った。


「ピアナ様ぁっ!」


勇気をしぼって張りつめた糸が、お役目を果たせたこととピアナ様の顔を見れたことで一気に切れて、僕はまた普通の目に戻って泣いた。


「シエロ!ごめん!ごめんよ!」


ピアナ様は思いっきり僕を抱き締めた。


「怖かったろう?ヒンメルとリヒトは上かい?」


「はい。ヒンメル兄ちゃんケガしてて……」


胸の中で泣きじゃくる僕をかかえたまま、ピアナ様は屋上へ駆け上がる。


屋上では、目眩めくらましから立ち直ったルカがものすごい形相ぎょうそうで手投げ弾を両手にかまえる瞬間が見えた。





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