ルカ


上着の下に見える腰の革ベルトにも胸にもたくさんの手投げ弾をたずさえている。

腰に着けた革ポシェットもたくさんの爆弾でふくれれている。


後ろに流した真っ白な髪と真っ白な肌が、暗闇の中で月明かりに照らされてリエラと同じように青白く光った。


「ル、ルカ……」


「ルカ……、こいつが?」


2人とも震えながら声をらした。


「う……あ……」


息が止まった。

初めて間近で見るテロリストのあまりの怖さに動けない。

僕もヒンメル兄ちゃんも思わず、目に宿やどしていたクラウディアブルーを解いてしまった。


ふるえながらペタンと尻餅しりもちをつく僕らをかばうように、リヒト兄ちゃんが前に立つ。


ルカはこぶしだいの手投げ弾を右手でもてあそびながら言った。


「灯台もと暗しってよく言ったもんだよなぁ。いつもこちらの監視ご苦労なこった。でも自分らの周りがおろそかになっちゃ意味ねぇよな。あっちの連中じゃ良い音出してくれねぇからよぉ。ちとお前らの音も聴かせてくれや」


「こんなこと止めろ!」


「あん?……てか誰だ?お前。新顔だな」


リヒト兄ちゃんを見てルカは眉間みけんしわを寄せた。


「こんなことして何になるんだよ」


「何だ?……お前。初対面から不協ふきょう和音わおん出してんじゃねぇよクソガキ。んだよ……誰の許可て音出してんだぁ?」


ルカは口をひきつらせて言うと、澄ました顔で持っていた手投げ弾のピンを抜く。

そのままポイッと軽くこちらへ投げた。


───え?……ウ、ウソだ。


あまりに唐突とうとつのことに僕らは動けない。リヒト兄ちゃんだけがとっさに僕らの首根っこをつかんで屋上の瓦礫の物陰ものかげに飛んだ。


すごい力で引っ張られながら物陰ものかげに転がった瞬間、ガァァンッと大きな爆発音と共に物凄い衝撃とれが僕らを襲う。


「う……う……」


耳から入ってきた爆音で頭を痛い。

焦げ臭さとパラパラ飛んできた石ころに頭を小突こづかれて、僕の怖さは限界を超えて涙になった。


「うわぁぁぁぁぁぁんっ!」


「お、良い音出すじゃねぇか。安心しな、簡単には殺さねえからよ。たっぷり演奏してくれよな」


「兄ちゃぁぁん!……怖いよぉぉ」


僕は泣きながらヒンメル兄ちゃんにすがった。


「うぅ……」


───に、兄ちゃん!?


兄ちゃんは頭から血を流して、脚を押さえながらうめいていた。


「兄ちゃん!」


僕は泣きながらヒンメル兄ちゃんに寄り添った。


───誰か助けて。

───ラズリ様。僕らが悪い子だからばちが当たったの?

───僕ら、こ……殺されちゃう。


僕はあまりの怖さに震えが止まらなくて、堪えきれずに思わずらしてしまった。


───怖い、怖いよ。誰か助けて下さい。


「この子達は関係ないだろ!罪もない子を巻き込むな!」


こっちの建物へひらりと跳び移ってきたルカに、リヒト兄ちゃんは立ち上がって叫んだ。

屋上の地面には少し穴が空いていた。


「ああん?さっきから何なんだよお前。許可無く雑音を立ててんじゃねぇぞ」


「罪もない人を攻め立てて、お前達は何がしたいんだよ!」


ルカは嘲笑うと目を閉じた。


「ちゃんと歴史を学んだか?無知なガキに教えてやるよ。ガリヤに生まれてこれなかった時点で罪じゃん?あわれなガキ共。でもお前らみたいな虫ケラでも一つだけ取り柄がある。血と涙を流しながら恐れ泣きわめき、叫ぶ。素晴らしい音を出せるじゃねえか。俺の爆破音とのハーモニーなんてもう芸術だろ?お前らは俺の言う通りに音を奏でる楽器なんだよ」


話しながらルカは次第にうっとりした顔を見せる。

それを見て余計にふるえた僕の前で、リヒト兄ちゃんは怒りの歯軋はぎしりをした。


「お前、何言って……」


「でも全然足りねえんだよ。停戦だとか馬鹿馬鹿しい。災いの日って知ってっか?万を超える穏健派の連中に自爆させてよ。あいつらのビクビクした顔。破壊され尽くす街の爆音。逃げまどうクラウディアの連中の声。あれこそが最高のオーケストラだった。あんなの一度聴いたらまだまだ足りねえよ」


そこまで聞いてリヒト兄ちゃんは握ったこぶしふるわせた。


「ちょっと待て……」


「ああん?」


「穏健派の人達だって?」


「知らねえのか?虫ケラ共と手を取り合おうなんて連中はガリヤの面汚つらよごしだ。でも俺らは優しいからよ。最後にちゃんと花道用意してやったんだぜぇ?」


冷たい風に吹かれて、リヒト兄ちゃんは静かに立っていた。


「わかるか?……お前に」


「あ?」


「わかるか!?……お前に!……故郷が失くなる気持ちが!家族がいなくなる苦しみが!」


「あ?……お前、もしかして生き残りか?」


ルカはまた笑い声を上げると、やがてあきれるように溜め息をついた。


「楽器の都合なんて知らねぇよ。しかしお前は、欠陥品けっかんひん認定だ。耳障みみざわりな音しか出しやしねぇ。その顔も目障めざわりだ」


ルカは手投げ弾を1つ腰から外すと、ゆっくりと前に一歩踏み出す。


「もう死ねよ」


その瞬間、ヒュンッ!と風を切る音がルカの目の前を通り過ぎてそのあゆみを止める。

「あ?」とルカが目をやった先を見ると、狙撃銃を手にこっちへ走ってくるピアナ様らしき小さな影が見えた。


───今のはピアナ様の銃弾?僕らを助けに?


「スルグレアぁ……」


ルカはそんなピアナ様を嘲笑あざわらうかのようにまたニタリと嫌な笑みを浮かべると、リヒト兄ちゃんに向けてピンを抜いた手投げ弾を投げつける。


そしてピアナ様が続けて撃った銃弾をものすごいはやさでけながら、再び隣の瓦礫へくるりと跳び移った。


リヒト兄ちゃんが手元に投げつけられた手投げ弾をキャッチするのを見て、僕は泣きながらありったけの声で叫んだ。


「リヒト兄ちゃん!」


──死、死んじゃう……。

──ラズリ様……。


「あぁぁぁぁぁぁぁっ!」


僕は目を閉じてヒンメル兄ちゃんの手をギュッと握った。






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