不測


遠くの景色の右側を隅々すみずみまで見落とさないように人影を追う。

緊張した心臓の音が、まるで時計のように時間の経過を告げてくる。


「兄ちゃん?」


僕は遠くを見つめたまま、不安になって話しかけた。


「来ないな」


兄ちゃんは集中したまま冷静な声で返事をする。


「目を離しちゃダメだぞ。どこで来るかわからないし」


「うん」


そこから気を引き締め直して僕は人影を探した。

クラウディアブルーのせいもあるのか、僕は緊張もあいまってその時間がとても長く感じた。

必死に集中を切らさないようにしていたけれど、それからはひたすら時間が過ぎていくだけだった。

どれだけ目を配っても一向いっこうに奴らの姿が見えない。


「兄ちゃん、何時?」

「12時10分くらい」


「お、おかしいよ。あいつら絶対時間ピッタリに来るのに」

「慌てるな、シエロ。目をらすなよ」


兄ちゃんは一瞬、懐中かいちゅう時計どけいを見たけどすぐに視線を戻した。


「たまたま遅れてるだけだよ」


兄ちゃんは僕を落ち着かせるように言う。


「新年だから来ないのかな?」

「あいつらがそんなワケないだろ?」


新年だからこのまま来てくれなかったらいいのになと思った。

でも姿をとらえられないまま時間だけが過ぎて、僕の緊張はどんどんまっていく一方だった。

それでも一生懸命、怖い気持ちを抑え込んで目をらす。

それからしばらくの間、夜風の音だけが続いた。


「12時18分……」


いよいよ兄ちゃんもおかしいと思い始めたみたいでまた時計を見てつぶやく。

僕は兄ちゃんにつられるようにおさんでいた緊張をいた。


「に、兄ちゃん……」


「慌てるなシエロ。僕らはノヴォ兄ちゃん達の目なんだぞ。見落としたらノヴォ兄ちゃん達が困っちゃう。長くなったらわり番子ばんこで見張るんだ」


早くお家に帰りたい。怖くてそう思いかけてたんだ。

その時になって、リヒト兄ちゃんが急に真面目な声で僕らに話しかけてきた。


「ちょっと待って。ヒンメルとシエロがいつも最初にここで見ていることを、敵も知っているよね?」


「え?う、うん。発光弾撃つし……」


僕は遠くを見張みはったまま返事をする。


「僕、目ぇ合ったことあるよ。あいつらはやいだけじゃなくて目もすごく良いから」


ヒンメル兄ちゃんも前に集中したまま答える。するとリヒト兄ちゃんはふるえる声でボソッとつぶやいた。


「ヒンメル達はノヴォさん達の目……。次はお前らの目からえぐりとってやる……」


───え?……今、なんて?


「ヒンメル!シエロ!早く逃げよう!」


僕は思わず振り向いた。

リヒト兄ちゃんは青ざめた顔になって僕らのそばに駆けてきた。


「リヒト兄ちゃん静かにして!ノヴォ兄ちゃん達も待ってるんだから。シエロも目をらすな!」


ヒンメル兄ちゃんが怒って声を上げた横で僕はオロオロしてしまう。


「奴らの狙いはヒンメルとシエロ!ここだ!」


「そんなワケないよ!もしそうだとしてもどこから来るのさ?こんな奥まで来れっこないよ。まだ姿も見えないし」


リヒト兄ちゃんは、必死に見張りを続けるヒンメル兄ちゃんの肩をつかんで自分の方へ向けた。


「地下だ!」


「ここまで伸びてる地下道なんてないよ!」


「多分僕がいた2層下の地下道の空間は入りくんでて誰も気付かない。でもその上に所々ところどころ残ってる1層目の地下道は血霧ちぎりだらけだけど奴らなら通れる!」


「だから地下道自体この辺りには無いんだって。前にノヴォ兄ちゃんが調べて言ってたもん」


リヒト兄ちゃんは首を横に振ると

「僕はずっと地下にいたから知ってる!」

と叫んで、冷や汗をたらした。


「あるんだよ、一本だけ……。その2つの地下道と隠れるみたいにつながって、一直線に街近くまで伸びてた見つけにくい地下道が……。もしその地下道を奴らが見つけていたとしたら……」


う、うそだ……。


僕も兄ちゃんも驚いて固まってしまった。


「ルワカナが買い出しに使っていた、古い廃水道跡だ……」


思い出すようにつぶやくリヒト兄ちゃんを見て、僕はふるえが止まらなくなって銃をカタカタと鳴らす。


「に、兄ちゃん……」


ヒンメル兄ちゃんも「まさか」といった顔をしたまま、僕らの方を見て呆然ぼうぜんとしていた。


「に、兄ちゃん、どうしよう?」


───ちゃんと監視しなきゃ。でもここに来たらどうしよう?


僕は少しパニックになって国境の方角と兄ちゃんを交互に見てキョロキョロする。


「あ……あ……」


ヒンメル兄ちゃんはリヒト兄ちゃんを見つめたまま動かなくなった。


───兄ちゃん?


僕は慌てながらも、心配してその顔をのぞき込んだ。

ヒンメル兄ちゃんが見てるのはリヒト兄ちゃんじゃなく、その視線は僕らの後ろを見つめている。

僕とリヒト兄ちゃんは戸惑いながら、ヒンメル兄ちゃんの強張った視線の先を同時に振り向いた。


「おい、チビ共ぉ」


僕らが捉えたのは、隣に並ぶ崩れかけた廃墟のてっぺんから、リエラ青白い月を背にニタリと嫌な笑みを浮かべる赤い瞳だった。


「ちょっと付き合えや」







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