リソル



よりによって、今度の双月の火耀日は新年の1日だ。

新年早々、ノヴォ兄ちゃん達は時計の針が新年を告げた瞬間からあの東地区の廃墟で戦いになる。


1年の最後の日は、みんなで集まっていつもより少し贅沢ぜいたくな晩ご飯を許してもらえる。

ピアナ様も看護師さん達も、みんな一緒にラズリ様に今年1年の感謝のお祈りをして新しい1年を迎える。

その日だけは食堂当番はなくて、孤児院みんなで楽しく料理してご飯を食べて、いつも騒ぐ。


───あ、でも、お祝いの日のお菓子作りは僕らだけに任せられた特別なお仕事だ。


僕はいいことを思いついて、まだグズグズしてるシエロに顔を向けて明るい声を掛けた。


「なぁ、特別な日は僕ら、お菓子作りをさせてもらえるだろ?」


「え?……うん」


「兄ちゃんがいいもの作ってやる」


「なぁに?」


お菓子なんか普段なかなか食べれない。それは本当にお祝い事の時にだけ。

お菓子は僕ら全員にとってワクワクする一大イベントだ。


しょんぼり顔から少し気になった顔に変わったシエロを見て、僕はニカッと笑った。


「リソルだ。シエロ知らないだろ?」


「知らない」


シエロはポカンと口を開けたまま首を横に振った。


「小麦粉を折り重ねて焼くんだ、オレンジ水を使って作るんだぞ。あとハチミツじゃなくてショ糖を使う。中にはうんと甘いジャムを詰めてやる。今まで食べたことない甘さだぞ」


僕も今年になって初めて知ったお菓子だった。

僕らは小麦粉でパンを作れてもどうしても固いのしか出来ないし、お菓子にしてもほんのり甘いだけのものでそれが普通だと思っていた。


でもお金持ちの家庭では粉からして違うみたい。上質で、お菓子にするのも卵やオリーブの油、果物まで一緒に混ぜるらしい。


ビックリしたのはその甘さだ。ハチミツですら贅沢だと思ってたのにお金持ちの人達はショ糖を使うんだ。

ショ糖なんてお医者さまの医療道具だと思っていた。それがあんなに甘くて美味しいものだったなんて知らなかった。


「何それ!兄ちゃんどうして知ってるの?」


シエロは今まで落ち込んでいたのがウソのように目を輝かせた。


「たまに僕らお使いを分担するだろ?その時に仲良くなった薬屋さんや果物屋さんのおばちゃんが教えてくれて、たまたま残ったのを一つ食べさせてくれたんだ」


「僕のいない時に兄ちゃんずるいや。でもそんな高そうなもの無理だよ」


そう思うのは当然だ。それを作るだけでいつもの何食分もかかっちゃうくらいの贅沢ぜいたくなものだから。

シエロはすっかりワクワクしていた顔を翳らせて、すぐにため息をついた。


「僕らじゃ、手が出ないよ……」


「大丈夫だ。お使いの時に少しずつ貰ってたおこずかい。全部貯めて材料集めたんだ。いつか驚かそうと思って隠してたんだよ。仲良くなったおばちゃん達だから少し安く譲ってくれた。あとは中の果物だけだ」


そう言うとシエロはまた驚いた顔をして目を輝かせた。


「ウソ!兄ちゃんすごいよ!」


「みんなの分を考えると小っちゃいのしか作れないけどな。なぁ、中の果物は何がいい?」


シエロは必死に「うーん」とうなりながら考え始める。


訊いてみたものの、これ以上はあまりお金もないし、オレンジ水を使うからそのまま残ったオレンジのジャムか、頑張ってもリンゴかレモンになってしまうと思う。


それでもシエロを元気づけたくて、僕は出来るだけの楽しみをあげたくて訊いてみた。

シエロは「でもなぁ」「無理かなぁ」と、しばらく悩んでから口を開いた。


「苺!」


「ええっ?」


「苺にしよう!」


予想外の答えに、今度は僕が驚いた。


───苺だって?ど、どうしよう。そんな高価なもの手が出ないよ。


僕はぐるぐる頭の中で計算を始める。

大方手に入れて隠してあるけれど、あとは卵とちょっとした果物を買うお金しかない。

苺となったら当日もらう晩ご飯代まで手をつけなきゃいけない。晩ご飯のメニューが寂しくなってしまう。


それはそれでみんなをガッカリさせてしまう。それでもシエロの期待を裏切りたくない。


口ごもっていると、シエロはクスクスと笑った。


「僕も内緒にしてようと思ったのにな。苺は僕が手に入れるよ」


「え?どういうことだ?」


「僕もおこずかい集めてたんだ」


シエロは天井を見つめながら言った。


「半年と少しして、7月になったら僕ら誕生日でしょ?兄ちゃん、『いつか大きくなったらピアナ様に銃の訓練を許してもらいたい』って言ってたから。カシミール姉ちゃんみたいなシューティンググローブを買って誕生日プレゼントにしようと思ってたの」


僕は驚いて声が出なかった。


「そのお金で苺を買おう。お小遣いはまた一から集めればいいし」


こっちを向いて笑うシエロを見て僕は我に返る。


「いや、それは嬉しいけどビックリだ。なんで?シエロはあんなに争うことが嫌いなのに。グローブなんて」


「うん。だから、どんなに頑張ってもちゃんと撃てっこないグローブあげようと思って。そしたらピアナ様も兄ちゃんを行かせないかなって」


「お前なぁ!」


そこで僕らは一緒に吹き出して大笑いした。笑いながら、シエロが来年の誕生日まで考えていてくれてたことを嬉しく思った。


「それじゃあ、年越しのお菓子は僕の生地とシエロの苺で共同作業だ。みんなをビックリさせてやろう」

「うん!」


「こっそりシエロにだけ、一個おまけで作ってやる」

「ホント!?」


「内緒だぞ」

「うん!」


満面の笑顔になったシエロを見て、そろそろ寝ようと僕はおやすみをした。

元気を取り戻してくれて良かった。シエロは楽しみだなぁとつぶやきながら、お菓子で舞い上がったその興奮は落ち着くと次第しだいに寝息に変わっていった。


僕も目を閉じながら、改めて自分のためにお小遣いを貯めてくれていたシエロのことを嬉しく思った。それもこんなに早い時期から。


「ありがとな……」


起こさないように小さくそうささやいて、それからまたノヴォ兄ちゃん達のことを思った。 

せっかくの年越しもあいつらとの戦いに邪魔されて、まともにお祝いも出来やしない兄ちゃん達のことを。


───人の分まで罪を背負って、人のために命を懸けているノヴォ兄ちゃん達。でもそれってホントに罪なのかな……。


僕はまたふと考えたけど、やっぱり答えは出そうになかった。


次に行く時はいつもよりたくさんお祈りをしよう。 

お菓子は食べていってくれるかな。

無事に帰ってきて後から食べるてくれるのかな。


───みんな喜んでくれたらいいな……。


シエロの寝息に添い寝をするように、やがて僕の呼吸もゆっくりと眠りの中へ沈んでいった。







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