ズルい!
3人で覗き始めた後も、手合いは変わらずノシロン兄ちゃんの一方的なものだった。
もう僕とシエロには鞭の壁にしか見えない。
カシミール姉ちゃんは片方の右目だけでも見えているみたいで、ひたすらノシロン兄ちゃんの鞭に集中していた。
それからはリヒト兄ちゃんが鞭に打たれては立ち止まって前を
少し期待していた僕も流石に諦めていて、気持ちはリヒト兄ちゃんが
でも、しばらく時間が経った時、その瞬間は急にやってきたんだ。
───え?……
僕もシエロも驚いた。
リヒト兄ちゃんは急に一切のステップもなく一気に前に突っ込んでいったんだ。
またリヒト兄ちゃんがまともに鞭に打たれる音が聞こえると思って、歯をくいしばって
───えぇぇぇぇぇっ?うっそだぁ!
うねった鞭が何発か当たったみたい。
それでもリヒト兄ちゃんは手を離さず、そのままの勢いで倒れこみながらノシロン兄ちゃんの腕に右手で少し触った。
───い、今……、一体何をしたの?
あまりにも一瞬のことだったから、僕もシエロも驚いて固まってしまった。
カシミール姉ちゃんですら驚いた顔をしていた。
「ああ……。ヒントって、そういうことね」
そして1人で納得したみたいに
「鞭
「カ、カシミール姉ちゃん、今何があったの?」
固まるシエロの横で僕は何が何かわからないままカシミール姉ちゃんに
「リヒトは
「きょ?」
「不意を突く。相手の意識の外から攻める。実力差を工夫で埋めたのよ。考えたわね」
「ど、どういうこと?」
カシミール姉ちゃんは静かに教えてくれた。
「何日もステップ踏んでフェイントかけてたみたいだけど、きっとリヒトはノシロンがリズムを変える瞬間だけを見続けて狙ってたのよ」
「でも、いくら狙っても鞭を
「そこが
「どうやって掴んだの?」
シエロも気になって仕方がない様子で顔を近づけた。
「右手だけは当たらないようにしてたノシロンに、踏み込むと同時にリヒトはわざと自分から右手を出した。リズムの変調、出てきた右手、
僕らは感心しきりでため息をついた。
「一度バレたら終わり。だから何日もかけてこの一瞬に賭けてたのね」
「だ……だからって掴めるものじゃないよ」
「ええ、運もあったと思うけど。でも良い反射神経してるわ。私もバッグ取られたし」
───バッグ?何の話だろう?
キョトンとしていると、やがて下からリヒト兄ちゃんの喜びの声が聞こえてくる。
「出来たぁぁっ!」
近くではピアナ様もカッコさんも驚いた顔をしている。
ノシロン兄ちゃんはプルプルと震えると、やがて地面に鞭を叩きつけた。
「ウソだろぉぉっ!」
───あ、ノシロン兄ちゃん、走ってっちゃった。
カシミール姉ちゃんは隣で静かに溜め息をついた。
「ノシロンのプライドはズタボロね。たった3週間で年下の素人の子に、まさか鞭を掴まれるだなんて。またしばらく機嫌悪いわよ」
「でもノシロン兄ちゃんの鞭がダメなわけじゃない。ノシロン兄ちゃんの鞭はずっとみんなを守ってきたんだもん。今日はリヒト兄ちゃんがすごかった」
カシミール姉ちゃんはいつもよりちょっと穏やかに「そうね」と呟いて目を閉じる。
隣ではシエロが興奮気味に握った手を振っていた。
「2人ともすごいや。ねぇ、兄ちゃん。頑張った2人のためにうんと美味しいご飯作ってあげよ」
「そうだな」
そこで僕はふと思い出す。
「ん?……そうだ、シエロ!お前、夕飯の下準備サボッてんじゃないぞ!」
「うぇ!……ご、ごめんなさい」
「急がなきゃ!サボッた分ちゃんとやれよ!」
「はいぃ」
───忘れるとこだったよ、もう!……しっかり働いてもらうからな。
「こらぁぁぁっ!」
その時、下から聞こえてきた大きな叫び声に僕らは肩を
「あんたら、なんつぅトコ登ってんのよ!
カッコさんが両手を腰に当てて思いっきり怒っている。疲れて座り込むリヒト兄ちゃんの横で、ピアナ様もこっちを見つめて頭を抱えていた。
───見、見つかっちゃったぁ!よりによって大好きなカッコさんに……。
シエロも隣で泣きそうな顔をした。
「に、兄ちゃんが大きな声出すからぁ……」
「カ、カシミール姉ちゃん、どうしよう」
僕はすがる思いでカシミール姉ちゃんの顔を見つめた。
───あれ?……い、いない!
もうそこにカシミール姉ちゃんの姿はなかった。
───い、いつの間に?……カ、カシミール姉ちゃん、ずるいぃっ!
「今回ばかりは許さないわよ!危ないからそこでじっとしてなさい!」
「ご……ごめんなさぁぁぁいっ!」
こっちに歩いてくるカッコさんとピアナ様を見て、僕ら2人は孤児院の屋上で泣き崩れた。
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