盗み見



それは、何もかもが透き通ってきらめくあおあおい世界……。


遠くを見れば手元にあるようにみ渡って見えて、動くものを見ればゆっくり止まってるように見える。

自分もその世界でゆらり揺らめくような不思議な感覚は、まるで水の中に漂うみたいだった。


クラウディアブルー。


ノシロン兄ちゃんの前でしなる鞭はまるでお星さまみたいで、この目で見てもとてもはやかった。 それでいてリヒト兄ちゃんのケガした右手だけは絶対に当てることがない。

ノシロン兄ちゃんは余裕だ。なんだかんだ優しい。


リヒト兄ちゃんも前に見かけた時よりも全然疾く見える。どれだけの鍛練たんれんをしたんだろう。

たくさん鞭に打たれても立ち向かってゆくリヒト兄ちゃんはかっこよかった。


それでもノシロン兄ちゃんに比べるとやっぱり遅い。

右手をける余裕もあるみたいだし、どうやってもあんな鞭の壁を攻略出来るとは思えない。


「なぁシエロ、リヒト兄ちゃんのどこが出来そうなんだ?無理そうだけど」


「うん。疾さではやっぱりかなわない。でもリヒト兄ちゃん、ちょっと前から鞭見えてるんだよ」


驚いてリヒト兄ちゃんの目をジッと見つめたけれど、そうは見えない。


「一生懸命見てるけど、見えてなさそうだぞ?」


「うん。でもノシロン兄ちゃんの鞭見てみて」


言われるがまま、今度はノシロン兄ちゃんの鞭に目をらす。


鞭の軌跡きせきはホントにお星さまのきらめきを描いていて、それが不規則に入り乱れて前に壁のように立ちはだかっている。

それはまさに、ノシロン兄ちゃんが物凄い努力で手に入れたお星さまの結晶そのものだった。


「ねぇ兄ちゃん、ノシロン兄ちゃんはたくさんの三角でお星さまを描いてるけど、パターンを読まれないように途中でリズムを変えてるでしょ?」


確かにノシロン兄ちゃんは途中でちゃんとリズムを変えてた。


「絶対『N』の形が入るんだよ」


「それはわかるけど、一瞬だぞ?」


「その時必ず右肩が少し上がるの」


言われみると確かにその通りだ。

僕はその瞬間のリヒト兄ちゃんの目にも注目してみた。


「兄ちゃん気づいた?リヒト兄ちゃんは『N』の時だけ、ちょびっとだけ目で追えてるんだ」


「ホントだ。お前よく気づいたな。その時だけ確かに追ってる。でも」


でも気づいたとはいえ、その瞬間にノシロン兄ちゃんの死角にステップしたりなんか出来ない。体が動くはずがない。


「でも、だからってどうするんだよ。リヒト兄ちゃんがノヴォ兄ちゃんみたいに動けるわけでもないし」


「そこはわかんない。でもリヒト兄ちゃんの目、何か自信満々だよ?最近特に変わったんだ」


最初はまさかと思ったけれど、それだけじゃリヒト兄ちゃんが何か出来るとは思えない。

フェイントをかけても、どこに飛び込んでも毎回鞭の餌食えじきになっている。


「ホントかぁ?さすがにあの鞭じゃ……」


「貴方達、何してるの?」


急に話しかけられて、僕もシエロもドキン!と心臓が止まりそうになって慌てて振り向いた。


───カ、カシミール姉ちゃん!


カシミール姉ちゃんがいつものお澄まし顔で静かに真後ろに立っていた。


「駄目じゃない、勝手にのぞいて。クラウディアブルーまで使って」


「ご、ごめんなさい!」


全然気づかなかった。

カシミール姉ちゃんはいつもと変わらない静かな表情をしていたけれど、少し怒っているようにも見えてシエロと2人で狼狽えた。


「ピアナ姉さんが悲しむわ。目が悪くなったらどうするの?ちゃんと決まりごとは守って」


僕は急いで普段の目に戻す。

シエロも右目をいつものヘーゼルの瞳に戻してシュンとなった。


「リヒト兄ちゃんが気になっちゃって……」


僕らは怒られると思って身構みがまえたけれど、意外にもカシミール姉ちゃんが怒ることはなかった。


「そういえば……」


むしろ何かを思い出したかのように僕らの近くに来ると、片方の膝をついて一緒に覗き始める。

近くに来たカシミール姉ちゃんは何だかいい匂いがして、僕らは顔を赤らめた。


「カ、カシミール姉ちゃん?」


「静かに。もう勝手に目を使っちゃ駄目よ?」


のぞいたら姉ちゃんも怒られちゃうよ」


「目のことは内緒にしてあげる。だからこれも、3人だけの秘密よ?」


カシミール姉ちゃんは下を眺めたまま、口元にそっと指を立てて「シーッ」のポーズをする。

それを見て、僕らは思わずいたずらな笑みがこぼれた。


「姉ちゃんも気になるの?」


「少しね……」


お互いにヒソヒソ声で話し始めるとシエロもワクワクを抑えられないような顔をして、また煙突の脇から下をのぞき始めた。












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