スープ


「おはよう」


キッチンに行くと父様とうさまが既に朝食の支度したくを始めていた。

こちらを振り向いて「おはよう」と挨拶を返してくれる。


久しぶりに香る優しい匂い、私は目を閉じてその匂いを吸い込んだ。

野菜とチーズの甘い匂い。父様とうさまがたまに思い出した頃に作るジャガイモとキャベツのスープ。

父様とうさまと同じような優しさをまとった味わいの、私達家族だけのスープ。でも必ず少ししょっぱいの。


──いつになっても塩加減がわからないよ


そう言って父様はいつも固いパンを手に笑う。そして私はいつも「でも美味しいわ」と返す。カモミールは無表情に黙って食べるけど必ずお水を多めに飲む。

それがこのスープの時のお決まり。


「今日は早いね」

と背中越しに話す父様に、

「孤児院の食堂当番がノシロンなの」

と返すと、コトコト音を鳴らすお鍋の横で小さく笑った。


ノシロンは食堂当番を守らない。

ペアだった小さな男の子が可哀想だからとイータ看護師長の娘、私より少し歳上のラキムが看護業務の合間にと代役を買って出たら今度は作るもの作るもの全部が脂っこいときた。


その話を聞いた時、彼女のふくよかな身体つきの理由に納得してしまったけれど。


おまけに食費もかさむと頭を抱えたピアナ姉さんは私に白羽しらはの矢を立てた。

最初は驚いた。出来ないことはないけれど料理が得意な訳でもなかったし……。

姉さんは無意味なことはしない。きっと私に皆と関わって欲しかったんだと思う。でもそれは私にとってはただのお仕事でしかなかった。


どれだけ「皆家族だよ」なんて言われても、私にとって家族は父様、カモミール、姉さんだけ。

姉さんはスルグレアの現当主様で私はお仕えするぺフェタステリ家の娘だけど、まるで本当の姉妹みたいだと言われることが何よりも嬉しかった。


ピアナ姉さんの言うことは極力きょくりょく聞き入れたいの。それが本来の思惑おもわくからずれていたとしても。


「どんな組織、集団でも、決まり事は守らなくてはな」


父様はふわりと笑いながら言った。


父様はいつも正しい。

いつも規律正しい行動をして、それが言葉一つにも大きな説得力と安心感を生む人だった。私も父様のようになりたかった。


小さな頃の記憶では厳しい父様の姿が思い浮かぶけれど、私がこうなってから何時いつしか優しくなった。

父様の優しさは何よりも大きく私を包み込んで、何よりも鋭く私の胸を刺す。


「食べていくかい?」


私の目を見て言う父様に私は目を閉じて首を横に降った。本当は食べたいけれど、さっさと孤児院のお仕事を終わらせたかったから。


目を開いた私は、キッチンの窓の外からの視線に気づいてそっちに目をやる。そこには首を伸ばして一生懸命こちらをのぞくビロがいた。


───ビロも起きたのね……、ということは……。


振り向いて入ってきたドアの方を見ると、カモミールが寝具姿で寝惚ねぼまなこをこすりながらゆっくりと入ってくるのが見えた。


父様とそろって「おはよう」と声を掛けると眠そうな顔のままペコリとお辞儀じぎをする。

眠そうなのはわかるのだけれど、いつも無表情だから普段とさして変わらない。

私のせいなの。カモミールがこうなってしまったのは。


カモミールが話さなくなったのも、父様が微笑みの隙間すきまに一瞬こぼうれいた顔もそう。全部私のせい。私が弱いから。


「ちゃんとごはんを食べて、父様の言うことを聞いて良い子にしてるのよ」


そう言って頭をでると、カモミールは私のそでつかんだ。


「お姉ちゃんはお仕事に出てくるわ」


そう言うと首をプルプルと横に降る。いつもこうやって一緒に何かをしたいとねだる。


「ちゃんと言うことを聞かないと駄目よ」


私は静かに言った。

そう言うとカモミールはいつもそれ以上はねだらない。その代わりうつむいて動かなくなる。


───ごめんなさい、私がいけないの。お姉ちゃんは貴方あなた達だけは守りたいの。何があっても……。貴方あなたにこのけがれた心に触れて欲しくないの。


「行ってくるわ」


2人にそう言うと、最後にもう一度カモミールの頭をでて私は家を出た。







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