食堂当番


軽く積もった雪がこの丘にほどこした化粧はまだ誰にもよごされていない。

私はまっさらな雪にいくつかの足跡をつけると、ブーツについたのを払って孤児院の中へ入っていく。


食堂の扉を開けて私は驚いた。そこにはいつもの小さな男の子とは違う、別の子の後ろ姿があった。

何を作るのかわからないくらい食材を並べて、左手で包丁を見つめながら「うーん」と何回もうなっている。

反対の右手に巻かれた包帯を見て私はさっしがついた。


───この子だわ。ノヴォにぃが東で助けた男の子……。


私に気がついて振り向いたその子の顔を見て、私はもう一度驚いた。


───あざだらけじゃない……。


そういえばピアナ姉さんが言っていた。この子とノシロンが面白そうだって。

一緒の部屋にしてノシロンにテストの相手をさせるみたいってカッコねぇも話していた。

じゃあこれはきっと鞭に撃たれたあとだ。容赦ようしゃなくやられたみたい。


───彼の鞭撃べんげきを受けてよく動けているわね。どんな身体してるのかしら?伊達だてに生き残ってた訳じゃないのね。


名前は確か……リヒト。


「新入りのリヒトです!ごめんなさい!ご飯まだなんです」


私を見るなり、彼は泣きそうな顔で叫んだ。


───そういうことね……。


合点がいった。

彼は食堂当番までノシロンとペアになり、ノシロンは相変わらずサボっていて彼は1人困っていると。


「構わないわ。私は代役よ」


私は肩に掛けた2本を食堂の端っこに立て掛けると調理台に立ってそでまくった。

山ほど並んだ食材のほとんどをすみける。リヒトは私の後ろから調理台をのぞきこむとソワソワし始めた。


「あの……、僕何をすれば?」


「いらないわ」


彼は困った様子をしていた。

それでも私は無駄に人と関わりたくないし、そもそも調理台に人と並んで立つのが嫌いなの。自分のペースでやりたいから。


「でも……」


「その右手で無理でしょう?お皿を並べて。邪魔しないで」


そう言うと彼はやっと私から離れてテーブルに一枚ずつお皿を運び始めた。


───さてと……。


スルグレアはここ数年、特に3年前の悲劇から極度の財政難におちいった。少しずつ立ち直っているとはいえ、少ない区画予算は医療や孤児支援、復興を最優先にしなきゃいけない。


ピアナ姉さんはたみと苦楽を分かち合う人だから、私達にご馳走ちそうしてくれる時以外は自分の生活まで節制せっせいして、医療院や孤児院に少しでもとお金を回してくれている。


だから食材も大切に使わなきゃいけない。卵だけは絶対に買ったりしたら駄目。高価だし、それだけは料理上手なヒンメルとシエロが当番の時の子ども達のお楽しみ。


───今日はライ麦でポリッジ(おかゆ)にしよう。一度に作れるし栄養も取れるから。あとは野菜や豆をトマトで煮込もう。それで決まり。


私は出来得できうる限り素早く食材の下ごしらえをすると、釜戸かまどに2つ用意した大きめのお鍋に入れて、子ども達分のお皿を並び終えたリヒトの方を振り向いた。


「釜戸の火、見れる?」


「あ、うん。少しならわかるかな」


彼はしどろもどろ答えた。


「じゃ、あとよろしく」


私はそれだけ告げて2本の相棒を両肩にかつぐと、「ありがとう」と大きく声を掛けたリヒトを背に孤児院を後にした。







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