第5話 薄闇の星 (カシミール)

カシミール







        私はきっと流れ星

      誰を照らすわけでもない……












雪が降っている。

ふわり……ふわり……と揺れながら。


何もない真っ暗な静寂の中で、

私はぼんやりとそれを見ている。


雪が降っている。

深深しんしんと舞い落ちる雪が……。




「最悪……」


仰向あおむけに目が覚めて部屋の天井の木枠きわく模様を視界にとらえると、私は片腕で目をおおってポツリとつぶやいた。


昨晩さくばんは今年二度目の雪が降った。

横目にそっと窓の外を見ると、一度目とは違って今度のは少しだけ積もっていて、夜明け間際まぎわの薄明かりに少し光って見える。


私はもう一度目を閉じて静かにため息をついた。


───嫌な夢だわ……。


この季節になると嫌でも思い出す。私にとって冬は時間を巻き戻す拷問ごうもんの始まり。毎年雪が降る度に時計の針がゆっくりとあの日へ戻って動かなくなる。


チクタクチクタク……。


どれだけ春に花が咲いても、夏の日射しに汗をいても、秋の紅葉に街の屋根の色が溶けても、雪が合図を出す度に私はあの日に戻ってそこから動けないでいる。


私は布団から抜け出し、冷たくきしむ廊下の先にある洗面所まで行って顔を洗うと部屋に戻って鏡の前に立った。


鏡の中には少し寝癖ねぐせのついた髪にだるそうな顔色をした女の子がいる。

細身だけど肩だけがっしりとしてて、物静かそうで無愛想ぶあいそうな女の子。


その子は眼帯をめていない右目で私をキッとにらむと、静かだけど確かに強い口調で言った。


──しっかりしなさい、カシミール。


彼女はその言葉だけを私の頭に残してぼんやりと消えてゆく。

私は彼女を見送ると、少しかじかんだ手足に力を入れてゆっくりと髪をかす。

かし終えると寝具を脱いでボディウェアとぴっちりとした黒い防弾コルセットを着ける。


ニーハイ・ソックスも、肘上ひじうえまであるオペラタイプのシューティング・グローブも真っ黒。

濃紺のうこんのピアナ姉さんの皇服とは少し違う、サイドウェイカラーから少しハイロー・スカート気味に流れてゆく私だけの仕事服も、少し赤いラインは入っているけど真っ黒。


おまけに寒いからと羽織はおったケープレットまで、服とおそろいの赤いラインが入った真っ黒。どこもかしこも真っ黒。


───黒は罪の色って言うけれど、funeraleお葬式で亡き人を見送る時もみんな真っ黒じゃない。あれは罪なのかしら?どういった別の意味があるのかしら?


最後は私のお気に入り。

ピアナ姉さんとおそろいの宝物。

私は姉さんの髪と同じ真っ赤な色にヘーベの花柄の入ったテールクリップを引き出しから取り出して髪を束ねた。


そして首元のカラーに沿って青く光る丸い石のネックレスを着けたら……。

これでカシミールの出来上がり。


私は鏡をもう一度見つめると、再び現れた彼女に静かに声を掛けた。


「大丈夫よ……、カシミール」


きびすを返すと、布地ぬのじにくるんでベッド脇の壁に立て掛けていたピオッジアPDMディケンズDKを両肩に掛け、部屋を後にした。






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