実力差


「ああっ!」


リヒトふ自分を鼓舞こぶするように雄叫おたけびを上げてぐ突っ込んできやがった。


───バカ野郎。少しは考えろ。


バチン!という大きな音と共に左手をはじかれて、リヒトはその勢いのまま体ごと地面に叩きつけられる。


しびれた左手を押さえながらうめき声を上げて、予想外の鞭の威力に驚いた顔をしていた。


「ノシロン!」


───あ?


「今当たる瞬間、一瞬力をゆるめたな?余計なことをするな。普段通りやれ」


当主の言葉に驚いた。

よく見ている。でもホントにどういうつもりだ。

そこまで厳しくする意味がわからない。


───受からせるつもりじゃなかったのか?


「もう一度!」

「ピアナ様!」

「カッコ、口出しは無用だ」


当主の厳しい声に、隣にいるカッコのババァが狼狽うろたえた。


リヒトは痛みをこらえながら、俺と少し距離を取るともう一度思い切りよく踏み込んできたが、何度やっても同じことだ。


───折角せっかく右手も治ってきてるのに、また傷口が開いても知らねぇぞ。


リヒトは鞭の壁に差し掛かる手前、ふところに入る寸前で真横に踏み込むと俺のサイドを狙う。


───お?考えてきたな。思ったよりかは疾ぇな。でも……。


「うわぁぁっ!」


───全然遅ぇよ。


肩に直撃した革鞭は、リヒトをより激しく地面に叩きつけた。

俺は防衛型をリヒトの方に動かしただけだ。

始まってから一歩も動いてはいない。このまま左手も使うことはないだろう。


「リヒト……、どうした?お前の意志はその程度のものか。立て。ノシロンの鞭をよく見ろ。自分の持っているもの全てをぶつけなさい。時間はまだまだあるぞ」


うずくまるリヒトを見下ろす当主の静かな声の中に、俺は若干の恐ろしさすら感じた。こんな当主は久しく見たことがない。


───何なんだよ?こんなの続けたって意味ねぇだろ……。ホントに何のつもりでこんなこと続けんだ?あおってればこいつが打開策だかいさくでも見出みいだすとでも思ってんのか?いくら何でも無茶が過ぎるぜ……。




それから、どれくらいの時間がったのかはわからない。

その後もリヒトは何度も何度も我武者羅がむしゃらに立ち向かってきた。


右から左から、時にはじっと鞭を見つめて正面から。その度にうめきながら地面に叩きつけられる同じ光景が繰り返されるだけだった。

違うのはリヒトのあざやみみずれがどんどん増えて息が上がっていくことだけだ。


結局その間も俺は一歩も動くことなく、ただただ鞭を振るう時間だけが延々えんえんと過ぎていった。


───おいおい……、いくらなんでも、こりゃぇだろ……。もう始めてから長い時間らいっぱなしじゃねぇか。


俺は膝をつくリヒトを見て一度鞭を止めた。

もう何回も鞭撃べんげきを喰らっている。動きもフラフラで赤く腫れ上がって血がにじんでる箇所もある。

顔も腫れて見るに耐えない。


「もう止めとけよ。これ以上やったって無意味だ。俺も弱い者イジメみてぇで気分悪ぃぜ」


見下ろすと、リヒトは息を切らしながら何やら小さな声でブツブツ言っていた。


「守るんだ……、今度は僕が……」


───これだけの目にあってまだ言うのかよ……。


「もういいだろ!死んでも知らねぇぞ!」


舌打ちをしてリヒトに叫ぶ。

制止を促そうと、俺は当主の方をちらりと見た。


「リヒト、終わりか?」


当主は俺に目もくれずにうずくまるリヒトに向かって言う。

その口調はずっと静かでの淡々たんたんとしたものだった。


───何考えてんだ?まだ続けるのかよ。これ以上煽あおってどうすんだ。ホントに死んじまうぞ……。


息を切らし、肩を上下させながら向かってくるリヒトに俺は反射的にまた鞭を振るう。

案の定リヒトはまたその餌食えじきになった。

俺は苛立いらだちと現状の気味の悪さに顔をゆがめた。


「もうめとけよ」


足下に転がったリヒトにもう一度小さく言ったが、それでもまだ立とうとしやがる。

カッコのババァも涙ぐみながら眉をゆがめていた。

当主だけがただぐにリヒトを見据みすえている。


「当主、いくらアンタに考えがあろうが俺にはわかんねぇ。この鞭は信念を守るためにあるものじゃなかったのかよ……」


俺は当主をにらみ付けた。


「こんなのテストでも何でもねぇ。ガキをいじめて、これに何の意味があるんだ?」


それでも当主は俺に視線を合わせることなくリヒトをき付ける。


「リヒト、まだ半分の時間もってないぞ」


当主に言われてリヒトは必死に歯を食いしばってふるえながら立ち上がる。

その傷だらけの風貌ふうぼうはもう見てられるものじゃなかった。


───もう立つな。もういいだろ?何がお前をそこまで突き動かすんだ?意地か?そこまでして何かを守りたいのか?何も出来ねぇお子様がこっち側に来るんじゃねぇ。


俺はリヒトの目を見てハッとした。


「リヒト……」

「もう止めろ!」


思わず口を開きかけた当主を制して叫ぶ。

カッコのババァは口元を押さえて驚いた。

リヒトは息も絶え絶えにうつろな目でこちらを見ていた。


「もういい……。もう……、動けねぇよ……」


既にリヒトは気を失っていた。


───よく立てたもんだ……。


俺が近付いてかかえてやると、リヒトは気が抜けたかのように腕にもたれ掛かってぐったりと体を預けた。


「そこまでだ」



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