加護なき少年


───なんか今日は疲れたな……。


俺はガキ共が晩飯ばんめし食ってる時間を見計みはからって戻ると、誰もいねぇうちにシャワーを済ませる。


またリヒトの野郎と顔を合わせなきゃなんねぇ。

他の場所で寝ようにも最近大分冷えてきたから布団じゃねぇと寒い。でもあのイビキにどう対処しろというんだ。


俺は頭を抱えながら部屋に戻った。

リヒトは既に部屋に戻って机に向かっていた。


「あ、おかえり」


無視、無視。

しかし真面目なことだ。今日の授業の復習でもしているんだろうか。

俺はリヒトの背後を通る時にチラッと紙をのぞいて驚いた。


───字ぃきたなっ!なんだこれ……、俺よりひでぇじゃねぇか。これで読めるのか?何語だよこれは……。


俺はひきつりながらさっさと布団にくるまった。

関係ねぇ関係ねぇ。どうせイビキで寝てる途中起こされるんだ。早めに寝よう。しかしあれで勉強になるのか。


───あれ?ちょっと待てよ……。こいつ確か自分で右手刺して怪我してんだよな?今左手で筆持ってた。もしかして自分で利き腕壊してんのかよ。ホント馬鹿だよな。


俺はリヒト達がやってきた日の騒ぎを思い出しながらノヴォ兄から少し聞いた話を思い出した。


───そういえばこいつ、血霧で大火傷したっつぅダチと一緒に東で2人生き残ってたんだよな。

あの東で……。


なんでわざわざ怪我してまで印を汚すようなことをしたのか。

他人なんて、関わるだけろくなことがない。でも俺はそこだけが少し気になってしまった。


──少し冷静に対話すればちゃんと上手くいくわよ。

──1回でもいいから普通に話してみなさいよ。


不意に今日のババァの言葉が頭の中をよぎった。一緒にあの腹立つ顔まで思い出して俺は唇をんだ。


マジで今日は散々だった。

俺はモヤモヤした気持ちと苛立いらだちに体が疼き、布団の中でリヒトの方に背を向けたまま不本意ながら息を吸い込んで言った。


「なぁ……」


「え?なぁに?」


俺から話しかけるのが珍しかったのか、リヒトは少し驚いたように椅子をきしませる。


「カリカリうっせえ……」


「あ、ごめんね。僕ももう寝るね」


リヒトは慌てて片付ける音を立ててから自分の布団に潜りこんだ。

途中右手がうずいたのか一瞬だけうめき声を上げてから、ゆっくりと布団を整える音が聞こえた。


───そんなこと言いてぇ訳じゃなかったんだけどな……。


「おい……」


「なぁに?」


「右手、痛ぇかよ……」


「うん……。でも大分マシ。かゆい方が嫌かな。ピアナ様達に感謝しなくちゃ……」


リヒトのふぅっと深呼吸する息が聞こえた。


「迷惑かけんじゃねぇぞ馬鹿……」


「うん……」


それから息の音や鼻をすする音、衣擦きぬずれの音だけの沈黙が続く……。

しばらくしてからリヒトは小さな声で言った。


「ノシロンは、どうして僕や皆をけるの?」


───でたよ……。調子乗ってまたいきなり面倒くせぇこと聞きやがる。お前に関係ねぇだろが。人の生き方に入ってくるんじゃねぇよ……。


俺は顔をしかめたが、少し深呼吸してから我慢して出来るだけ静かに言った。


「関わりたくねぇからだ。それと、お前が大っ嫌いだからだ」


「どうして嫌いなの?僕何か悪いことした?」


───しまくりだよ。迷惑しかかけてねぇだろうが!自覚ねぇのかよ、タチ悪ぃな……。

それに第一……お前は……。


「お前……、戦いに行きてぇんだろ?その右手、自分で刺したんだろ?」


「うん」


───やめろよ……。そんなこと……。


「わざわざ自分で印を傷つけて汚すような奴だからだよ」


「ノシロンだって戦いに行ってるじゃんか」


───ああ、うるさぇな。俺はいいんだよ!俺はとっくに汚れてるからよ。どれだけ罪とか言われようが人の侮蔑ぶべつを買おうが知ったこっちゃねぇ。それよりも自分で印を傷つけるなんて奴ぁ見るとイライラする。だから嫌いなんだ。


俺は布団の中、右手の手袋をグッと引っ張って指に食い込ませた。


───わざわざ自分からちて来るんじゃねぇよ……。お前は俺と違ってまだ綺麗なんだからよ……。

俺には最初からなんも無ぇんだから……。


「俺はお前とは違うんだよ」


「どう違うの?」


「うるせえよ」


やはり話したところで何もいいことなんてねぇ。

それからまたしばらくは沈黙が続いていた。

やっぱり話なんかするんじゃなかった。このまま寝ちまおう。

そう思ったが、やがてリヒトはボソッと口を開いた。


「僕は守られてばかりだったから……」


俺は閉じていた片目を開いた。


「僕には何にも無いもの……。ルワカナがいなきゃ僕は空っぽのまま死んでた。僕の中を埋めてってくれたのはルワカナなんだ。祈ってるだけじゃ、そんな大切な人すら守れないから……」


俺はリヒトの言葉にハッとして両目を見開き、同時にまたカッコのババァの言葉も思い出した。


──アンタ達似てるからねぇ……。


違う。そんな訳ねぇ。一緒な訳ねぇ。

ババァのてのひらの上にいるみたいで余計に腹が立ち、認めたくない俺は再び目を閉じて眉をひん曲げながら息を吐いた。


「そうかよ……。大事なダチか……」


「うん……」


俺はこれ以上話すのも嫌だったし、ぶっきらぼうに適当に返事をした。


この空気に嫌気がさし、俺は話題を変えるがてら最後に1つだけ言いたいことを言って話を終わらせようとした。


「お前、一緒にいてイビキうるさい奴どう思う?」


もういい加減文句の1つも言ってやる。

そのルワカナって奴ならもしかすると話合うかもしれない。よくこいつと一緒にいたもんだぜ。

散々迷惑だっただろう。


リヒトは「え?」と声を上げ、予想外の反応で食いつくように勢いよく話し始めた。


「それだよ!ルワカナは本当に大切な家族なんだけど、1つだけ嫌だったのがイビキなんだ!すっごくうるさくて僕大変だったんだから。でも不思議だね、1年くらいしたら慣れちゃった。どうしたらあんなイビキ出るんだろう?」


───はぁぁぁぁぁっ?お、お前が言う?


最近でこんなに驚いたこたぁ無ぇ。

俺は予想外の答えに驚きと怒りとの感情が駆け回って思わず硬直してしまった。


───バケモンじゃねぇか……。お前もそいつも……。お前が驚くって、そのルワカナって奴もどんなイビキするんだよ。


俺はそれだけで2人が東で生き残ってきたことに妙な納得を得た。

図太ずぶとさに勝るものは無い……。

いつか当主が授業で『出るくいは打たれる』って異国のことわざを話していたことの本当の意味がわかった。

出過ぎたら放っておかれるんだ、きっと。


「ここに来てからホントによく寝れるんだ。食べ物まで頂いて、治療までしてもらって。ピアナ様や……ノヴォさん……、皆に感謝しなくちゃ……。早く役に立ちたいな……」


───誰よりも俺に感謝しやがれクソガキ、絶対ぶっ殺す!こいつといたら俺は駄目になる。やっぱり話なんかするんじゃなかったぜ。


「テメェのイビキが一番うるせぇんだよ!自覚しろ!」


俺は思わずまた怒鳴どなってしまう。

やはり、こいつと冷静に会話するなんて俺には無理だ。


───あれ?返事無ぇ……。

やっと気付いた事実に驚いたか?ショックでも受けたか?

でもいい加減気付けよ。確かに何事もやってみなきゃわかんねぇな。これで気付けて改善されるなら俺のためにもお前のためにも……。


「グゴォォォァァ……。グゴォォォァァ……」


「………………………………」


───早く手合い出来るようになりやがれ……。マジで殺す。


俺は明日、耳に詰めるための綿を医療院まで貰いに行くことを決めた。













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