願い
リヒトが出ていってしばらくしてから、今度はノシロンを部屋に呼び、私は事の
予想していた通りに彼は不機嫌そうに、少し
「なんで俺がそんな面倒くせぇことを!しかも相部屋ぁ?」
「当主命令だ」
ノシロンはポケットに両手を突っ込んだままギリッと
態度の悪いのはいつものことだ。
しかし「当主命令」の一言にとにかく弱い。口では
───すまないね、ノシロン。でも、お前のためでもあるんだよ。
ポケットに突っ込んだ彼の右手には、いつもはめたままの黒い手袋がチラリと
「手合いは夕方17時に子ども達のいないところ。そうだね、私の屋敷の庭でしなさい。もちろん『スネイク』は駄目だよ。修練用の革鞭を使いなさい」
「やってらんねえよ!」
ノシロンは足で扉を
───やれやれ、先が思いやられる。まずリヒトは
ノシロンと入れ替わるように間もなく、今度はノヴォがやって来た。こちらを覗くとノックのマナー代わりに壁をコンコンと叩き、礼をして部屋に入ってくる。
「失礼します」
「ノヴォ、今日は終わったのかい?御苦労だよ」
「当主こそ、何やら大変だったのでは?」
つい今しがたのノシロンを見たのだろう。私の心中を察するようにノヴォは微笑んでいた。ノヴォはいつも穏やかな笑みを浮かべる。
「なぁに、いつものことだよ。これからが大変だがね。でもこれでリヒトも諦めてくれるさ」
「と、言うと?」
私が事の
「何かまずかったかい?」
「いえ。
ノヴォは一瞬
「しかし今回ばかりは当主の失策かもしれませぬ」
「どうしてだい?」
「当主はガリヤに触れられるあの子を戦力として送り込もうとお考えで?」
いきなり何を言うものかと驚いた。
「何だ急に。子どもをそんな風に見始めたら私達が人としてお
私は強い口調でノヴォを諌めた。
普段ノヴォに対して
「いえ。失礼しました。ただ……、リヒトは成し遂げてしまうかもしれませんよ?」
───成し遂げる?あのノシロン相手に?
「まさか。そんなこと万に一つもないだろう」
私はそう思いながらも、スルグレアの影の最前線を筆頭で護っているノヴォの言葉なので少し引っ掛かった。
「どうしてそう思うんだい?」
「当主、ルワカナを最初に診られた時、
───ルワカナ?いきなりルワカナの話かい?
改めて考えるとよく助かったものだと思う。
一般的な
───吸った血霧が少量だとしても、大体経過が1時間を超えると治療が
「ちょっと待て」
私はハッとした。
「確かフロレア礼拝堂の跡地で見つけたと言っていたな」
「はい」
───どうして気付かなかった。私は間抜けか……。
ここから10km以上はある。あり得ない。
人1人背負い、右手に
私は固まった。
───一体どんな身体してんだい?ノヴォならともかく、きっとノシロンでもそんな状況で走ったらここまで間に合わないよ。
私はまたまた頭を抱えた。今日はあの子のことで頭を抱えてばかりだ。
「お気付きですか?正直私は間に合わぬと思っておりました。友を守りたい一心での火事場の馬鹿力かもしれません。しかしそれこそが彼の原動力。流石に手合いとなると勝手が違いますが、もしかすると……」
「もっと他の条件にすりゃ良かったかね」
「いえ、私も大変
ノヴォは 改まって深く頭を下げた。
「いや、いいよ。あの子が現れてから驚くことばかりで、それにここのところ皆忙しくしていたからね」
私は窓の外をぼんやりと眺めた。最近また一段と冷たくなった空は、水彩の絵の具を薄く伸ばしたように澄みわたっていた。
「どのみちノシロンに触れられぬようであれば、戦いに赴いても
「いえ、当主がお考えの上でなされたこと。あとは見守りましょう。しかし、もしかしたらやはりクストス牢獄に入れた方が良かったかもしれ……」
「ノヴォ……」
言葉を
───まだ言うのかい、それを。それこそ
私は冷めてしまったハーブティーにようやく口をつけた。
きっと体調を心配してくれたであろうカッコのそれは、冷めてもとても風味良く優しい味わいがした。
しばらく忙しくなる。またルワカナも
リヒトとノシロン、上手くいけばいいが……。
気がつけば二日酔いはとうに消えていた。
私は窓の外を見上げて心の中で
───どうかこの国の若葉達に、これからも暖かい風が吹きますように……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます