護国の意思



「そうだったんだ。それで……」


リヒトは私の話に何かを思い出したかのような顔を見せた。


「どうかしたか?」


「いえ、いつも月に一度くらい、地下にも大きな音が聞こえてたから」


───わからないながらもさっしていたのか。


「その日はどうしていた?」


「ルワカナと毎日のルールがあって、危ないからその日だけは地下室から出ないで過ごしていました」


「日々の生活は?」


「ルワカナが街に買い出しに行ってくれていました。僕はお金になりそうなものを集めて……。役割を決めていました」


本当に利口な子達だ。聞けば聞くほどよく生き残っていたものだ。

奇跡を引き寄せたのはこの子達の強さがあってこそだと思う。

私は今までこの子達を救い出せずにいた責任を改めて感じて申し訳なくなった。


そこで一つだけ引っ掛かったことがある。

2人は被災していない街を見つけて知りながらどうして助けを求めずにそこへとどまって暮らし続けたのか。


私はたずねようとしたが、声に出しかけて止めた。

凄惨せいさんな日々を過ごしてきた2人の想いが何かしらそこにある気がしたから。

その約束とやらもきっと……。


「本当に大したものだよ。それだけの日々を歩んだこと、その経験と知恵を勉学に生かして手に職をつけ、ここで幸せに暮らしてはどうだい?」


───お願いだよ。印を傷つけても、ラズリはきっと誰も見放さない。


「僕も戦いに行きます。皆の平和をおびやかす奴らがいるのに、僕はのうのうと暮らしていられない」


やはりそうなるのか……。

リヒトの目に、私は若い頃の自分を重ねて見ているようだった。


若さとは恐ろしい。恐ろしい程に真っ直ぐで時に自分の歩幅を見失う。

今までで一番の声で強く言うリヒトに、私も語気を強めた。


「聞いてなかったのかい?屍人とは大違いだ。まばたき一つの間に殺されるだけだよ。そこは最早もはや戦場なんだ」


災いにあいえ、現実はただただ残酷なのもわかっているだろうに……。


「ルワカナも安心して暮らせない。もう誰もあんな悲しい想いはさせない。今まで守られてばかりだったけど、今度は僕が守ります!」


───あれだけの目にあってなお、人のことを思いやれるのか。本当に優しい子だね。だから駄目なんだ、この子に務まるわけがない。


万が一戦い抜く力があったとしても、いつか罪の意識にさいなまれるだけだ。


今も昔も、この世界に悲劇なんてありふれている。

歴史の声は常に語りかけているのに、どうして私達はそこに耳をかたむけることが出来ぬのか……。どうして歴史から学べず繰り返してしまうのか……。


余計に手を染めて欲しくない。

この国の若い芽を、わざわざ死地に送らせないでくれと願い、私は深く深くため息をついた。


「ガリヤ人の血はれられぬと聞いただろう?それだけじゃない。彼らの血の力は肉体活性をも呼び起こすのさ。ある者は力を。ある者ははやさを。ガリヤは他民族にない身体能力を有する一族だ。並みの人間では太刀打たちうちなど出来やしない」


「それでも、僕の気持ちは変わりません」


───ノヴォ、この子はお前に良く似た頑固者だよ。私は人に恵まれてはいるが、どうしてこうも頑固者ばかり周りに集まるのかね。きっとこの子は放っておいてもあの場所に戻っていってしまうよ。


私は椅子にドカッと腰かけて頭を抱えた。


「どうしてもか?」


「はい。どうしても」


私は少し考えて、部屋にしばらくの沈黙が流れた。


「リヒト・トゥールビオネ!」


「は、はい!」


急な呼び掛けに彼はピンッと背を伸ばした。


「スルグレア当主として命じる。お前はもう私達の大事な家族だ。私達に子どもを死にに行かせないでおくれ。今のままでは必ず死ぬ。だから今から条件を出す。そこまで意思を曲げないのであれば今から言う条件を満たして必ず生き抜きなさい」


「はい!」


「私は時間余す限り、学術院に行けぬここの子らに授業をしている。皆家族だ。日々皆と勉学に勤しみ知と和を身につけること」


───全うな教育を最低限に受けて歩んで欲しい……。


「例え印を傷つけようと、ラズリの教えを、人の道を見失うようなことはしないこと。憎しみにだけは囚われてはいけない。この2つは死ぬまで私と約束なさい」


───その笑顔まで奪いたくないんだよ……。


「最後に一つ。ここにノシロンという君より少し年上の若者がいる。彼はノヴォと同じく皇国の防衛者だ。彼と寝食を共にし、右手の傷が問題無いと私が判断した日から毎日夕方1時間の手合いをなさい。その手合いでひと月の間に彼に1度でも触れることが出来たなら東地区へ行く願いを聞き入れよう。出来なければ素直に諦めなさい」


私は意地悪かもしれない。

ノシロンに触れることなど出来ぬだろう。


───でも許しておくれ……。それも出来ないようなら本当に君は死んでしまうだけなのだから……。


私の条件にリヒトはポカンと口を開けていた。


「え?本当にそれで認めて下さるのですか?」


簡単だと思っているのだろう。

しかしノシロンを舐めてはいけない。


「理想と意思をつらぬき物事を動かすためには、それに見合った力が必要なんだよ。言っておくがノシロンは強いからね。生半可なまはんかな気持ちでは触れることすら出来ない。護国の責任を舐めてはいけないよ」


私の視線はもう子どもを見る目ではなかった。

君が思っている以上に世界は広く厳しいんだよと、そうハッキリ伝えたかった。

リヒトも私の視線に対して気持ちを引き締めた顔を見せた。


「わかりました。約束します。そして必ず成し遂げます」


最後に丁寧ていねいに頭を下げて部屋を出ていくまで、彼の真っ直ぐな瞳は変わらぬまま強い光を放っていた。




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