歴史の川



「少し長くなるがいいかな?」


「はい」


「クラウディアとガリヤの話は?」


「少しノヴォさんから聞きました」


私は頷いて話を続けた。


「それは歴史学の書物だ。君はまず知らねばならない。知とは自分を知り道を歩む上でのかてだ。知なくして信念もない」


リヒトはコクリとうなずき真剣に私の話に聞き入ってくれている。


「クラウディアの基本教育の中に歴史学がある。一見、語学や数学と違って生活に直接関わりがないように思えるが、リヒトはどうして歴史を学ぶかわかるかい?」


リヒトは一瞬戸惑とまどった表情を見せると目を閉じ、しばらく考えてから首を横にふった。


「うーん……、わかりません」


私は自身の受けた先人達の加護に思いをせてく。


「歴史にはね、1人1人の人間の人生が詰まっているんだよ。名を残した者も残さなかった者も、我々の親もその親もずっと先のご先祖も。そうやって重なった血や想いが一つの川のように今に流れているんだ。歴史を学ぶこととは人生を学び教訓を得ること。私達が生きていく上で今いる立ち位置を知ることになるんだよ」


リヒトは感心したように固まっていた。

私も真新しい歴史の書物を手に取って開き、静かに指でなぞる。

部屋に少し風がそよいだ。


皇歴こうれき194年、ガリヤの自決をもって皇国ガリヤ5年戦争は終結す。皇国スルグレア区の南地区半分と東地区全域は壊滅かいめつ。両国間で休戦協定締結ていけつ


私は本の数行を静かに読み上げた。ついこの前のことのように思い出す。


「両国の間で争ったこと。3年前に君の故郷も含め多くのたみが争いの犠牲になったこと。これは事実だ。しかしこの歴史には続きがある」


「続き?」


「事実、みなの知らぬところで戦いはまだ続いている」


「え?」


リヒトは驚きながら、戸惑とまどいの表情を見せた。


「ガリヤとはクラウディアの北東、メルヴェイ山脈を越えた向こうの山岳地帯に自治国土を持つガリヤ教をいしずえにしたガリヤ人達の小さな国家だ。そのガリヤ教には過激派と穏健派の2つの派閥があってね、そのうちの過激派の連中は今もクラウディアに憎しみを抱えて人知れず攻めて来ているのさ」


本を片手で閉じるとパンッという乾いた音が響いた。


「本には載ることはない裏の話だが、これもまた歴史の一つ。彼らは皇国に牙をくテロリスト達だ。現在表面上の両国は平和だがね」


一瞬、昔のリガーメ広場の光景が頭によぎって私は眉間みけんしわを寄せた。


「月に一度、彼らはスルグレアの東からってくる。これが復興を難しくしている最大の要因だ。ノヴォ達の役目は屍人しびとの排除だけではない。むしろこちら。人知れず罪を背負いながら影で戦い続ける皇国の防衛者なんだよ。二度と悲劇を繰り返さないためにもね」


リヒトは目を丸くして口をポカンと開けた。


「どうして月に一度なんですか?」


突拍子とっぴょうしのない質問に今度はこちらが目を丸くした。

驚かないのか、裏で争いがあることに。平和に見えるこの国の影でそんなことが起こっているなら普通なら誰しもが驚くだろう。

しかし当然かもしれない。ほとんど争乱そうらんを知らぬクラウディアの民ならいざ知らず、彼はずっと生き死にの環境で生活していたのだから。。


私は紙と筆を取り出した。


「ガリヤにも不殺ころさずの教えはあってね。連中も変なところは律儀りちぎなのさ。リヒト、一週間の七耀しちようを言ってごらん」


「ええっと、火耀、金耀、水耀、木耀、土耀、天耀、海耀」


賢い子だ。災いに巻き込まれるまでに両親と学術院から受けただろう教育をキチンと覚えているのだろう。

私は紙の上に縦に七耀しちようを書きつらねた。


「そうだ。この七耀しちようは今ではこの国も含め世界共通の常識だが、元々ガリヤが発端となって浸透した古来の文化なのさ。そして本来、それぞれの耀ようにはちゃんとした意味がある」


そしてリヒトに口で説明しながらその横にそれぞれ意味を記して見せた。


火耀は戦いの日

金耀は穏和おんわの日

水耀は飛翔ひしょうの日

木耀は歓楽かんらくの日

土耀は経年けいねんの日

天耀てんよう厄災やくさいの日

海耀かいよう信仰しんこうの日


「例えばクラウディアでも木耀以外の飲酒は禁止されていた。今では無くなったがね。それでも木耀にしか酒を飲まぬ人は今でも多い」


私はカモミールのくれたコスモスに少し目をやって言った。


「このように形骸化けいがいかしつつあるものの、人々の意識に根付いているのが七耀しちようの習慣だ。君の故郷を奪った災いの日は天耀てんよう日だった」


私はその日を思い返しながら、今も戦っているノヴォやカシミール達の姿を思い浮かべた。


「そしてガリヤでは、火耀かようの中でも双月の日だけは、聖なる戦いの日だと不殺ころさずを破ることが唯一黙認もくにんされているのだよ。もちろんして良いことではないがね。月に一度のその日に、彼らは未だに攻めて来る」



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