カモミール




とがった大きな灰色の頭にプクッとしたほほ、大きな白いくちばし

そこについたキョロッとした目が微動びどうだにせずこちらを見据みすえている。


ずんぐりとした体には黒い羽がまとわりついていて、下には体に似合わぬ、か細く長い脚が伸びている。そのバランスの悪そうな全体のたたずまいが愛らしくもあり私はいつも笑いそうになるのだ。


ハシビロコウの『ビロ』だ。


───ということは珍しい、カモミールか。


私は驚かせないように、そちらに向かって静かに声をかけた。


「おはよう」


優しく声をかけると、ビロは大きなくちばしをカチカチと鳴らしながら羽を拡げた。


「ご主人とお散歩かな?」


ゆっくり近づいて話しかけると羽を仕舞しまい、とてもとてもゆっくりな動作でくちばしを鳴らしつつ、頭をうねうねと揺らしながら下にらして静止した。

本当に面白い。ビロは私よりも礼拝が上手である。


「すまないね、お魚は持っていないよ?」


そう言うとビロはまたゆっくりと顔を上げて、口をポカンと少し開いて私をジーッと見つめたまま動かなくなった。


───やめておくれ。笑ってしまうじゃないか。


ハシビロコウという鳥は何故みんなこのようにゆっくりなのだろうか。飛べるらしいが飛んでいるところも見たことがない。そもそもこの体で本当に飛べるのか、野生で生きていけるのか。私にはいつも疑問だ。


近づいてそのまましばらく動かないビロを眺めていると、次第にゆっくりゆっくりと、入口を出て右手のコスモスの咲いている小さな庭を見つめ始めた。

釣られてそちらに目をやると、いた。ビロのご主人様だ。

こちらに背を向けてしゃがんで奥のコスモスを眺めている。


「カモミール、おはよう」


私が声をかけるとカモミールは静かに振り返った。

カモミールはぺフェタステリ家の次女。カシミールの妹だ。


彼女は腰まで伸びたサラサラなストレートのクリーミーブロンドを揺らし、立ち上がってこちらをじっと見上げてからペコリと礼をした。


ショルダーフリル、首元とウエストにリボンを結んだ全身真っ白なワンピースを身に付けた彼女は可憐で、いつ見てもまるでお人形のようだ。


礼をしたその表情までもが人形のようにはかなげで無表情だ。

そんな彼女を見る度に、私の心は絶えず締め付けられてしまう。

カモミールは喋らない。言葉も表情も無くしてしまった。


毎日のほとんどをすぐ近くにあるぺフェタステリ家の自分の部屋で過ごしていると聞く。

たまに出掛けてはビロが護衛のようにまとわりつくので迷子になることはないようだ。

たまに医療院、孤児院の裏に広がる花畑でビロと一緒に寝ているところを見かけたこともあった。


───カモミールも、もう9歳になるか。


「お散歩かい?」


近づいて屈んで尋ねると、コクリコクリと首を縦にふる。


「お勉強は?」


ぷるぷると首を横にふる。

わかってはいたが、彼女はやはり勉強が嫌いのようだ。

クスッと笑うと、カモミールは少し唇をとがらせてみせた。それから後ろのコスモスを一輪手に取って私に差し出してくる。


───いけない。酒の匂いがまだ残っていただろうか?


私は少し慌てて口元を手で隠した。

甘い香りの先でカモミールはずっとコスモスを差し出したままでいる。

天の御使い様のお花を断るわけにはいかない。


「ありがとう」


こんな時、カッコなら「モエティー」だとか何とか叫んで彼女をもみくちゃに抱き締めるのだろう。

聞いた話では愛くるしいもの美しいものへ対する感情表現で、異国で流行はやっている言葉らしいが。

まったく、最近の流行はやりはわからない。


しかし目の前のカモミールはそうする気持ちがわからないでもない程に愛らしく、私はコスモスを皇服の胸に差して彼女の頭をでた。


「これで今日の守護をいただいたよ」


それから二日酔いに襲いかかる甘ったるい匂いをこらえつつ、後ろのコスモスの中から一輪取って彼女の耳元にそっと添えた。


───うん、可愛らしいじゃないか。


「カモミールにも、主の御加護に包まれたすこやかで穏やかな今日一日がありますように」


───あ……。


そう言うとカモミールは表情こそ変えなかったが、私には頬を少し赤らめて少し嬉しそうにしてくれたように見えた。

喜んでくれたらしく、嬉しくなる。


「お姉ちゃんの言うことを聞いて、仲良くするんだよ」


しかし最後にそう言うと、私に見せた顔はすぐに消える。

一瞬、何かしら嫌なことを言ってしまったかなと思ったが、彼女はまたうつろないつもの表情に戻ってペコリと礼をすると、黒のメリージェーンシューズをパタパタと鳴らしながらビロと共に礼拝堂の裏へと消えて行った。


カシミール。

カモミール。


どうか2人ともに、再び笑顔あふれる日が来てくれまいか……。


私は首元に着けた黄色い丸石のネックレスを指でそっと触り、カモミールとビロの後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた。


それから大きく大きく息を吸って、花の甘い香りに少しせながら医療院へと急いだ。




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