海と双月と漁火と
空と海は境界がわからないほど真っ暗だ。
その境界を私達に示して見せるように、
広大なダコタの湾の出口を守護するかのように点在する炎は本当に美しい眺めだった。
「わぁ、綺麗。久しぶりに見たわ」
「本当だね」
手前ではいくつもの漁船がイカを追っている。何回も見たカラマーロ漁の炎だとわかっていながら、そのあまりに
主よ。どれだけ信念を貫いても、どれだけ手を伸ばそうとも、世界は未だ悲劇に見舞われながら、私の手は汚れるばかりで誰の救いにも届かぬ。
私は漁火の光を目に
こんなにも
私の手は、愛する人に
ならばいっそ、この手汚れようとも全ての罪は私が持っていきますから、どうか
───いつか
炎は幻想的で、静かに闇の中で揺らめいていた。
じっと眺めている私に気ついて目が合うと、カッコは茶目っ気たっぷりにニカッと笑ってみせる。
「ダー、愛してるぞ」
「えっ?」
「もう、何見てんだよう。そんなに私が可愛いかしら」
「んふふぅ」と笑って彼女は大きく息を吸い、伸びをした。海の香りと漁火の光を全て吸い込んで自分の体に染み込ませるように。
そして今度は静かな声で
「ダー……、愛してるよ」
私が今、何を思っているのかを全て
彼女はじっと海を眺めていた。
「ありがとう」
そう言うと目を合わさずに悲しそうな顔をする。
「また『愛してる』って言ってくれないんだ」
「恥ずかしいよ……」
それは
触れることすら出来ない自分、手を汚し世界の闇に身を投げる自分に後ろめたさを抱いて。
私は臆病者だ。彼女を悲しませないよう努めながら結局いつも素直になれずに空回りしてしまう。
少し焦って、ふざけて言葉を
「男子たるもの、
言いながら余計に恥ずかしくなった。
「うわ、古っ。どこのオッサンだよ」
カッコは少し吹き出した。
「言わずともわかるだろう?」
「言わなきゃ伝わらないこともあるわ」
カッコに口で勝てることなど、まず無い。
また少し悲しい顔をさせてしまう。
私は自分の弱さも何もかもを
カッコはこの後訪れるであろう沈黙を嫌うかのように、少し笑って自分から口を開いた。
「ねえ、私達ピアナ様にお世話になってて、今アリア修道院にいるでしょう?」
「ああ」
「アリア・クロウハートって、ダー知ってる?」
クラウディアに来てからもう
「初めて聞いたよ」
「もう何年も大昔に皇国の歌姫と呼ばれた有名な歌劇歌手なのよ?」
自分の大好きな人で尊敬する人だと前置きしてカッコは続けた。
「スルグレアのね、端の端に今はもうないけどモンテフィオラって田舎の村があったの。そこで生まれ育ったアリアはとても歌が上手で、皇都にあるクラウディアで一番の音楽学習院に入学することになったの」
カッコは嬉しそうに身振り手振り話し始めた。
笑いながら好きな話をたくさん話してくれる彼女を見るのは、私にとって一番の
「田舎者だってたくさん嫌がらせを受けても、持ち前の明るさと歌の実力で周りを黙らせて主席卒業してデビューを飾ったの」
イジメへのこの仕返しのエピソードが面白いだとか、友達想いなこのエピソードが素敵だとか、カッコは面白可笑しく織り混ぜて話してくれた。
「当時ではラズリの教えはあれど、皇国で今以上に貧富格差や差別がすごかったのね。歌劇も上層階級の娯楽でしかなかったの。でもどんな人にも変わらず接して愛されて、歌劇を万民の娯楽に広めて人々の意識までも変えちゃったのが彼女なのよ」
カッコは興奮しながら続けた。そんな楽しそうな彼女がたまらなく愛らしかった。
「うん。それでそれで?」
「彼女がすごいのはここから。この国で
知らなかった。私達がいる修道院にそんなエピソードがあったことを。
私にとってそれは新鮮で、とても心癒される話だった。
「でも過労が
興奮していたカッコは、最後は涙声になって鼻を
尊敬するわけだ。とても素敵じゃないか。
カッコに限らずとも、誰でもそれは素晴らしい人生だと思うはずだ。
私達が今いる場所の成り立ちに詰まった先人の想いに、思わず背筋が伸びた気がした。
「私は落ち込むことばかりだけど、そんな場所で看護師として働くことを誇りに思ってる。そしてダーに出会えて感謝してる。私もアリアのように、死ぬ
強く強く言い放つと、一呼吸置いてカッコは目を
「例え手は繋げなくても、私の気持ちはいつも繋がってるよ?」
一瞬、時間が止まったように思えた。
カッコには敵わない。私の気持ちなど本当に何もかもお見通しだ。
どうしていつもそんなに強くいられるのか。
その小さな体から、どうやってそれだけの強さが溢れてくるのか。
───いつも君は私の心を照らしてくれる。
私もそうでありたいと、アリアの話以上に目の前にいるカッコに気持ちを引き締められた。
「ありがとうカッコ。私もずっと繋がっているよ」
───君に出会えて本当に良かった。
───いつも側にいてくれてありがとう。
「今度も無事に帰ってきてね」
「約束だもの。必ず」
───ずっとずっと側にいるよ。
───どれだけ
───必ず無事に帰ってくるよ。
私達2人は互いに笑って海を眺めた。
ふと気がついて空を見上げると、
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