恋人


「夜、寒くなってきたね」


歩きながらカッコが手をこすり合わせる。


「冬はまだ先だけど、ここは海が近いから尚更なおさらだね」


「ねぇ、ダーぁ?」


「ん?」


「改めて、いつもお疲れ様。あの子達を救ってくれて、ありがとう」


「ううん。不甲斐ないよ。若い子達を守れず傷つけてしまった」


「ダーが悪いわけじゃないじゃない」


カッコは私の足下に目をやり、歩くさまを心配そうに見つめた。


「寒くなると、右足痛む?歩くの平気?」


「大丈夫だよ。でも早く新しいのが欲しいな」


早く万全にせねばという焦りはあったが、ホセがどんなのを持って来てくれるのかが純粋に楽しみであったし、何よりカッコを心配させたくなくて私は笑った。


「ホセ早くしやがれぇ」


そんな私を見て、カッコもおどけて笑う。

この辺りは飲食店が多い分、他に比べ建物のあちこちに街灯などのあかりも多い。


それらの光と店内かられ聞こえてくる人々のにぎわう音が交ざりあう情景をカッコと歩くと、寒空さむぞらの下でも私は何とも言えない温かく満たされた気持ちになった。


その灯りと音は海岸通りが近づくにつれてだんだんと少なく小さくなっていく。引き換えに私達の足音が少しずつ大きく聞こえ始めた。


「そういえばカシちゃん、今日も笑ってくれなかったね」


カッコは不意に言う。

カシミールは笑わない。いつも澄まし顔で感情を滅多めったに出さない。私達が笑っていた時も1人だけ表情を崩すことはなく、終始静かにしていた。


「彼女の時間は、ずっと止まったままだ」


「私、いつかカシちゃんに笑顔を取り戻したいな」


カッコは近づいてくる街灯を見つめた。油が切れそうなのか、弱々しくて消えそうになっている。

まるで闇の中1人でもがくカシミールのように。


「あのリヒトって子も、カシちゃんやノシロンみたいになっちゃうのかな」


「決めるのは本人だが、ここは当主に任せよう。我々が説いた上で意志を曲げないのであればいたかたない。もちろんそうならぬように尽くすし、そんなことにはさせないが」


「男の子ってどうして皆単純で一直線なのかしら……」


夜風が服の隙間をかすめていった。


「ねぇ、どれだけ勉強しても、どれだけ看護の経験を積んでも、私が一番難しいなぁと思うもの。何だと思う?」


「うーん、何だろうな……?」


「心の傷よ」


カッコは寂しそうに言った。


「どれだけお仕事に向き合っても、どれだけ多くの経験を重ねても、本人の気持ち無しにはケガも病気も治らない。その心までもがむしばまれてしまったら、私はいつも何にも出来ない、無力感しか感じない」


「そんなこと無いよ。皆がどれだけカッコから笑顔を貰って救われていると思う?子ども達も、当主も」


命にたずさわる仕事。私はカッコほど情熱をぶつけながら医療にたずさわっている人間を見たことがない。その華奢きゃしゃな体でこちらが心配になる程に。


「もちろん私だっていつも」


私は強く強く言った。


「んふふ。ありがと。でもね、争いや悲劇がその人の人生を狂わせてしまうことは事実よ?その時に私はやるせなくなる。だから……、だからカシちゃんだけじゃない、他の子ども達もみんなみんな……、ダー、守ってあげてね」


「ああ。もちろん」


「でも誰よりも、ダーだけは怪我しないでね」


「わかっているよ」


心配そうなカッコの顔をほぐすように私は静かに笑った。


段々と強くなっていく潮の匂いが、海が近づいていることを知らせている。

夜風にでられながら少し歩いて差し掛かった角を曲がると、そこはもう海岸通りだった。


暗くなりつつあった景色が一転してまばゆく光り輝く。

リエラ青白い月アルル黄色い月に別れを告げようとしている。


リエラ青白い月はその顔を更に暗くしながら、地平の彼方かなたに隠れ始めていた。




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