一計



その後は最近の医療院や孤児院のことでいくつか話に花も咲き、少しずつグラスの中を減らしていった。


そのうちに当主はまだ笑いの余韻よいんを残しながらも真面目な顔に戻って私に尋ねる。


「しかし、ノヴォならどうする?もしあの子が色々知った上で故郷へ帰る、故郷を取り戻すと意思を曲げなかったら……」


当主は立場を問わず人の意見によく耳をかたむける人だ。不意に尋ねられて私は少し考えた。


「私ですか?そうですね……」


私ならどうするだろう……。

もちろん罪を背負いながら命を懸けるなんてことをさせたいはずがない。

家族として孤児院、医療院の皆と親しく勉学にいそしみ、このままそこで人と共に笑いあえる人生を手にして欲しいに決まっている。


私は記憶にあるリヒトを思い返しながら彼の気持ちになって考えてみた。

彼の性格を考えれば私が見た限り、間違いなく突っ走るだろうなと思った。大人しく見えて一度決めたら曲げない頑固がんこなタイプである。


小さな頃からあれだけの経験をしてしまったら尚更なおさら……。

全てを知らずとも、ゆくゆくはの地へ戻り1人でも何かしら行動してしまうような子だろうと思った。


私はリヒトとの会話を思い返す。

あの時の彼……。真っ直ぐで吸い込まれるような、不思議なバイオレットの瞳で私を見つめた彼を……。

彼の心情を思い、自らが教えにそむいて手を汚している後ろめたさもあって頭を抱えた。


「もちろんまっとうな道を歩んで欲しい。いくらでも人のためになる職、人生があるのですから。しかし自分の目で彼を見た限りでは、そうなったらまず曲げないでしょうね。家族、故郷を想う気持ちが強すぎる。でしたらここは思いきって、クストス牢獄ろうごくに入れて考えを改めてもらうしか……」


「それはやめておけ!」


それぞれ酒に口づけていたカッコ、ホセ、当主の3人が間髪かんぱつ入れずにテーブルにグラスをタンッと置き、そろった声で私の言葉をさえぎる。


「ダー、全っ然反省してないわよね!」

「オメェ、インテリに見えてバカなのか!」

「ノシロンがあれだけたくましくなって帰ってきてしまったではないか」


私は一斉にまくし立てられてり、苦く笑いながら冷や汗を掻いた。


「い、いやぁ……」


───そこまで言わなくても……。確かにあれは私の失敗ではあったが……。


ノシロンは過去に当主が孤児院に引き取り、今では私とカシミールと共に編成に入り行動している男の子だ。


「ん?ノシロンか……」


当主は何かを思いついたように言う。


「あの子とノシロン、面白いかもしれないな。ノシロンのためにもなるかもしれない」


当主は少し期待したような面持ちで意味深に笑うと、少し残っていたキールに再び口をつけた。




当主はしばらく話と酒を重ねてから、最後に改めてホセに私の脚の件を急ぐ催促さいそくをして席を立った。


「皆邪魔してすまなかったね。楽しかったよ」


そう言って馬車に乗り込む当主とカシミールを見送った頃に見上げた空は、気づかぬうちに大分更けていた。


「どうする?俺ぁもう席外すぜ?」


店先で気を遣ってくれたホセを見て、私はカッコに「少し歩こうか」と提案すると嬉しそうに笑ってうなずいてくれた。


「馬は軒先に用意しとくからゆっくりお散歩してきな。今日は今月最後の漁火いさりびだ」


似合わない細かな気遣いがホセのにじみ出る優しさだ。

自分でも性に合わないと思っているのか照れ隠しなのか、そう言う時は背を向けて目を合わさない。


私とカッコは彼の背中越しに「ありがとう」と礼を言って、ダコタの海岸通りへ向かいゆっくりと歩き始めた。





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