驚愕



私は淡々と報告を始める。


「はい。申し遅れてすみません。2人は東地区の生き残りです」


私の言葉に皆ざわついた。カシミールですら驚いた顔を見せた。


「マジかよ!生き残りなんていたのか?」


「ダー、聞いてないわよ!」


ホセとカッコは各々おのおの注いでいた酒を慌ててこぼす。ホセはカウンターをきながら続けた。


「よく今まで屍人しびとにやられなかったな」


「ずっと地下で隠れて暮らしていたみたいなんだよ。彼らは屍人しびとの存在すら知らなかった」


驚嘆きょうたんの息をらしたホセから当主に目を戻すとまゆをひそめていた。


「地下?地下には血霧ちぎりがまみれているだろう?居れたものじゃない」


いた話では、そのさらに下の層にダルキア時代の地下道、地下空間が一部だけ残っているようです。そこで生活していたと。たまたまフロレア礼拝堂の跡地あとち屍人しびとと一緒に見かけました」


私は立ち上がり頭を下げて、2人の怪我をびた。


「私がついていながら、申し訳ありません」


「何を言う。ノヴォがいなければ2人の命はなかったじゃないか。連日ご苦労だったよ」


カッコが作り直したグラスを置いた。当主は「ありがとう」と言って軽く一口飲んでため息をついた。


「まさか東に生き残りがいたなんてね。明らかに血霧の火傷やけどだったから驚いてはいたんだ。喉も上気道じょうきどうだけじゃなく気管まで少し届いてしまっていたからね」


当主のその言葉にカッコはまた少し涙目になったが


「長く長くは寝たきりになるだろう。顔に火傷やけどあとがあまり残らなかったのはせめてもの救いだよ。それにビルオレアの設備も大したもんだ。しばらくあっちで世話になる。激しい運動は出来ないが日常生活には戻れるようになるさ」


と、頭をポンとでられて安堵あんどのため息をついた。


「いえ、むしろもう1人、彼の方が問題です」


私の言葉にカッコは首をかしげた。


「どうして?右手の傷は経過も順調よ?」


「その傷なんだ。彼は自分で刺したんだよ」


「はぁ?」


ホセとカッコが大きく声を揃える。


「何故そんなことを?」


当主は落ち着いた口調を変えずに言った。


私はワインの色を眺めながら、あの日のリヒトを思い出していた。同時に災いの日のことも。

ワインの中に、あの日の街が見えた気がした。


「毎日が想像を絶する地獄だったはず。それでもなお信仰を失ず、思いやりを持った優しい子です。2人共に助け合ってきたからこそでしょう。故郷を取り戻したい強い願いも持っています。あの子にとってはそれが全てだった」


私は少しワインを口に運んでから「おそらく……」と続けた。


「唯一残った大切な存在を傷つけられて、例えラズリの教えにそむいてでも守りたいと思ったのでしょう」


一瞬、皆固唾かたずを飲んだように静かになった。

私達にとっても、あの日は消えることのない悪夢なのだから。


「わかるわ……。その気持ち」


その静寂せいじゃくの間に、席に着いてから初めてカシミールが小さく声を出す。グラスを両手で持ったまま見つめ、物憂ものうげにつぶやく彼女に皆一瞬悲しげな顔を見せた。


「で、どうするのよ。まさか『編成に組み込んで連れてくー』なんて言わないでしょうね?いくらダーでも私そんなの許さない。怒るわよ」


カッコはここに来てから初めて私に向けて怒った顔を見せる。


「まさか。皆私達の家族だ。子どもに罪を背負わせたい親なんていない。それに彼はまだ何も知らない。ただ純粋に故郷を取り戻したいと、国を想っているだけだ」


「仔犬ちゃん……か」


ビールを注ぎ終えたホセが隣で脚を組みながら椅子にふんぞり返って言い、カッコは当主の顔をチラリと覗いた。


全てを決めるのは当主だ。私にあるのは全てを報告する義務と命を懸ける責務せきむだけ。ただ、命と信仰をとうとび怒りながら心配してくれたカッコを、私は内心少し嬉しく思った。


「ただ気になることが一つ」


私は当主を真っ直ぐ見つめて言った。


「彼は家族同然の友を傷つけられ怒りに任せ屍人と取っ組み合っています。血霧にもまみれている。なのに何故か全く平気でいる」


「な……」


「ウソよ……」


ホセが姿勢を崩し、カッコが声をあげ、当主とカシミールは目を見開き、部屋は今日一番の驚いた空気に満たされた。


「まことか?見間違いではないのか?」


「断じて見間違いでは……。私もいまだに信じられません」


皆信じられない顔で固まってしまった。

みずかの当たりにした私も未だに信じられないのだから当然だ。

それは常識としてあり得ないことである。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る