ピアナ



「おや。2人のデートの邪魔をしてしまったかな。私は外すよ。ゆっくりしておくれ」


当主は背中まで伸びた燃えるように真っ赤で美しい髪を払い、切れ長な目で落ち着き払って微笑むときびすを返そうとした。


ピアナ・スルグレア。

大昔にラズリより直接啓示けいじうけたまわったと言われる4人の高弟こうてい達がいた。

クラウディアは皇主を筆頭に代々その4家によって支えられ分割自治されてきている。


彼女はその高弟の中でも最もいさましいとうたわれたリオネル・スルグレアの末裔まつえい

スルグレア家の現女性当主、すなわちスルグレア区の統括とうかつ責任者である。


皇服の胸のところでスルグレア家紋かもんの横顔の獅子しし咆哮ほうこうを上げていた。


「とんでもないです!私達が外します。ゆっくりなさって下さい」


きびすを返しかけたことにカッコが慌てると


「構わないよ。それか……、もし2人が良ければ少し一緒に飲もうか。話したいこともある」

と、当主は思案してからもう一度優しく微笑んだ。


カッコはその笑みに「もちろんですわ」と顔を赤らめると、ドタバタと椅子を並べ直しながらホセをにらみつける。


「ちょっとぉ、もうちょっとマシな椅子ないの?」


「オメェ、俺の時とはえれぇ違いだな……」


2人のやり取りにクスリと笑う当主の脇から、左目に眼帯をはめて細長い布地の包み物を2本背負う、澄まし顔のカシミールも姿を見せた。


「あっらぁ!カシちゃんもいたのぉ?」


カッコがカシミールを「お疲れ様よぉ」と思い切り抱き締めて頬をり付けると、透き通ったローズブロンドを束ねた彼女のポニーテールが揺れた。


「カッコ姉、苦しい」


カシミールは表情を変えずに言う。


「ごめんねごめんね。お迎えまでしてたのね。偉いわぁ。皆で一緒にご飯食べましょ。ホセ準備」


「俺ぁ、オメェの召し使いかよ」


4人でテーブルに腰掛けるかたわらでホセは苦笑いしながら準備に取りかかった。




ホールからあいも変わらずれてくる喧騒けんそうを背に、この部屋はいつだって薄暗く落ち着き払って静かだ。


それが私のお気に入りでもあるのだが、当主がいるだけでさらに引き締まって不思議と静寂せいじゃく情緒じょうちょが増したように思える。


ホセが素早い仕事でテーブルを料理でいろどると、当主は「カッコと同じものが飲みたいな」とキールを頼んだ。


5人でテーブルを囲み終え乾杯のグラスをかかげると、当主は軽く飲み干し軽くため息をつく。


「カッコ、留守をありがとう。あの子はひとまず無事に落ち着いたよ。」


勿体もったいないお言葉です。ホントに良かった……。ピアナ様だからこそですわ」


カッコは当主の空いたグラスを見てすかさず2杯目を作り出した。


「そういえば今日は息子は見えないね」


「レノンは最近、孤児院の友達と一緒にいるのが楽しいみたいで、今日もそっちにいます」


レノンはカッコの連れ子だ。カッコに似ず寡黙かもくでいつも寝惚ねぼけ顔でポケーっとしている。

友達思いの優しい男の子で、時折ときおり一緒にボール遊びをしようとおねだりをする。その愛くるしい笑顔にはよくいやされるのだ。私にもなついてくれていることをいつも嬉しく思っている。


「母親に気を遣ってるんだよ。もうじきに初等科じゃないか?」


「はい、来年7つです。うぅ、ホントに優しい子なんですぅ」


瞳をうるませながら出来上がった2杯目をそっと当主の前に置いた。


「ありがとう。して、ノヴォも先日はご苦労だった。無事で何よりだ」


「いえ。私は全く。カシミールが頑張ってくれましたので」


当主は物静かにジュースを飲むカシミールの頭をでると、私の足元を物憂ものうげに見てから目を閉じて言った。


「やはりその右足はもう限界か。ホセ、まだなのかい?」


「もうすぐ出来ますよ。やっと納得いく形になってきたみてぇだ」


「次までには必ず」と、豪快ごうかいにビールを飲むホセにカッコがまたみついた。


「遅いぞ!早くしなさいよ!ダーの大事な足なんだから!」


「オメェ、ホントにピアナと俺で態度違うよな」


「呼びすてにするな!ピアナ様は美しくて優しくて皇認こうにん教学士きょうがくし免許、皇認こうにん医師いし免許まで持ってて毎日私達のために身を尽くして下さってるのよ。オメェとは違うのだ!」


「はいはい」


猫のようにシャアシャアと威嚇いかくするカッコをまたからかうように、ホセは変顔をしてビールを注ぎに行く。


「ホセには本当に世話になってばかりだよ。それに酒も料理も美味いじゃないか」


当主は並べられた料理を一口まむと、カッコの作った2杯目も軽く飲み干してゆく。


「ピアナ様、お早いですわ」


「飲まなきゃやってられないよ」


コトンとグラスを置く仕草しぐさ一つをとっても華麗であった。


「して、本題だ。ノヴォ、一体何があった?」


真剣な面持ちになった当主を見て、私も背筋を伸ばした。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る