災いの記憶
それから、どれくらい
僕は身体中の痛みに呻いて目覚めてもしばらくの間動けず、
───お部屋の中じゃない……。
僕は熱気の中でひんやりとする石の冷たさを頬に感じた。
たくさんの騒がしい音が、やがてあちらこちらから聞こえる人々の叫び声だと気付いて体を起こす。
ゴシゴシと目を
「お父さん?お母さん?」
辺りはほの暗くてチリつくような熱さと焦げ臭さで満ちていて、空がどんよりとした暗い赤色で街を包んでいる。
───空?どうして空が見えるの?
家にいたはずの僕は、突然ガラリと変わった世界に放り出されて考えが追いつかなかった。
混乱と痛みを感じながら、僕は世界の
僕の知っている街は何処にも消え去っていた。
周りの建物はほとんどが崩れ果て、大きな瓦礫の山が地面を埋めつくしている。僕はちょうどその隙間に横たわってたようだ。
近くにうちのオレンジの絨毯やお母さんお気に入りの調理器具らしきものが見えたけど、お父さんとお母さんの姿は見えなかった。
暗く、そして赤くのし掛かってきそうな空は見ているだけで不安な気持になってゆく。
辺りに変な赤い霧みたいなものが充満していて、そこら中が炎に包まれている。
それらが暗い空を赤く染め上げていた。
崩れた瓦礫の所々には、動かない人の腕や身体らしきものと血の跡が見えた。
──な、何これ?……どうなってるの?
僕は震えた。
周りには自分の家族らしき名前を呼び続けてあたふたする人、「災いだ災いだ」とよくわからない言葉を喋り続けて震える人、火だるまになって発狂する人、怒鳴りながら人を引っ張って逃げようとする人。
皆、恐ろしい顔をして僕と同じ様に混乱しているようだった。
戸惑う僕は、次第に恐怖と寂しさで一杯になって思わず叫び出す。
「お父さん!お母さん!」
───何が起こったの?爆発?火事?街が全部なくなっちゃったよ?
「お父さん!お母さん!どこ?どこにいるの?」
何度辺りを見渡しても、周りの人達の中にお父さんとお母さんの姿は見つけられず、夢だと思おうとする度に身体中の疼く痛みが意識を現実に引き
───夢じゃない……。まさかこの瓦礫の
近くを見渡して側にある瓦礫に手をかけたけど、僕の力ではピクリともしない。近くを
「誰か……お父さんお母さん知りませんか!?」
僕は身体をすぼめながら一生懸命周りの人に叫んだけれど、誰も返事をしてくれない。
「お父さんお母さん探すの手伝って下さい!」
出来る限りの声を張り上げても、誰も僕なんかに見向きもしなかった。
僕なんか見えないかのように、皆慌てふためいている。
───ど、どうしてこんなことになったの?
───僕が今日お母さんを困らせたから罰が当たったの?
───いつまでも泣きべそかいてたからラズリ様が怒ってるの?
僕は涙を
───ごめんなさい。ごめんなさい。もうワガママ言いません。
───お父さんお母さんに会わせて下さい。
「お父さーん!お母さーん!」
ここで泣いていたら、きっとまた余計に罰が当たってしまうと、僕はお父さんの言葉を思い出しながら叫んだ。
──この痛さに耐えたなら、この先どんなことがあってもへっちゃらだ。
僕はその言葉で奥歯を噛みしめながら右手の墨を
───怖くない。怖くない。泣くもんか。
「お父さーん!お母さーん!」
炎から逃げるように少し離れた場所へ移動すると、騒ぎ立てる人達の
すごい形相で走ってくる人に「邪魔だ!」と突き飛ばされる。それでも、ぐっと涙を堪えて立ち上がり
「お父さーん!お母さーん!」
熱さと変な埃が喉を突き刺して
「お父さーん!お母さーん!」
周りの叫び声に負けないように声を上げる。
「お父さーん!お母さーん!」
すごい臭いで息苦しい。それでも僕は呼び続けた。
怖くない、怖くない、と。
それでも何度呼び掛けようとも、どこからも返事はなかった。
「お父さん…、お母さん…」
そのうちに、僕はとうとう溢れる涙を我慢出来なくなった。
「お父さぁぁぁん。お母さぁぁぁん」
───怖い……。早く出て来てよ……。
ゴホゴホとむせ返りながら僕はグシャグシャに泣いた。
───もっとたくさん勉強します。好き嫌いしません。もっともっと良い子にします。だからお願いですラズリ様。お父さんお母さんに会わせて下さい。
「お願いします……お願いします……」
誰も答えてくれることのない暗い世界で、泣き
もうどれくらいその場で叫んでたのかもわからないけれど、必死にお祈りをしながら僕は呼び続けた。
もしかしたら短い時間だったかもしれない。でも僕には途方もなく永遠に続く罰のように感じた。
街はちっぽけな僕に容赦なく激しい恐怖と寂しさを与え続けていた。
まるで……まるで世界の終わりみたい……。
喉もかすれて痛いよ。どうしたら許してもらえるの?
どうしたらあったかいお家に戻れるの?
泣き喚き続けて、叫び続けた僕の肩は激しく上下に震えていた。
そんな時に耳に届いたのは、聞き覚えのある1人の声だった。
「リヒト!」
声の先を振り向くと、口元を押さえながら駆け寄ってきたルワカナが見えた。
僕はこの時、見知った顔と出逢えた安心感でさらに泣き喚いてしまった。
「ルワカナァ!」
「バカ!泣いてんじゃねぇよ。何突っ立ってんだよ!」
「お父さんとお母さんが、どこにもいないよ」
「ああ?一緒にいたのか?」
泣きすぎて胸が苦しくて、僕は拳を握りしめて精一杯必死に「うん」と返事をした。
ルワカナは
僕らを囲むように漂う赤い霧みたいなものは、街をすっかり赤く染め上げていた。
「とにかくあの赤いモヤモヤに近づいたら危ねぇ!あれに飲まれた奴らは皆苦しんで倒れちまった!」
「どうしてこんなことになったの?」
「知らねぇよ!」
涙声の僕に言い放ち、おもむろに瓦礫の中に飛び込むと、落ちていたランプを拾い上げて僕の手を掴んだ。
「逃げるぞ!」
手を引っ張られた僕は、それでも動けなかった。
「でも、お父さんとお母さん…」
「こんなとこにいたら死んじまうだろ!」
ルワカナは振り返って怒った顔見せる。と、もう一度辺りを見渡した。
ほんの一瞬悲しそうに眉を曲げたけど、僕の目をすぐにキッと見据えて両手で肩をがっしり掴んだ。
「大丈夫だ。お互い見つけられないだけだ。きっと無事でいる。だから、信じて俺と一緒に来い!」
「どこ行くの?」
か細い声で聞くと
「地下だ!この街にはたくさん地下水道や地下道がある!そこしかねぇ!」
そう言って返事を待たずに、僕を引っ張って走り出した。
泣き疲れて、叫び疲れた喉をゼェゼェさせながら、身体のあちこちの痛みを堪えながら、
人々の叫び声も、壊れた建物も、空も、涙も、何もかも。全部が赤く染まった街を、僕達は走り続けた。
「もう泣くな!俺がついてるだろ!俺はオメェの兄貴だぞ!」
走りながらそう言ったルワカナの細い手は、力強く僕の手を握っていて、とてもとても大きく感じた。
この時、僕はルワカナのことを本当にラズリ様のようだと思った。
とても大きくて温かい……、救世主様のように思ったんだ。
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