故郷


しばらく歩いて、ランプの光がネモフィラの花の紋様もんようの入った崩れた柱に差し掛かり、僕はハッと立ち止まる。


「ルワカナ、先に行ってて」


そう告げてランプを口元へ加えて瓦礫をよじ登る僕を一瞥いちべつすると、ルワカナは溜め息一つ残してまた歩き出した。


「またかよ。先に帰ってっからなぁ」


ここはかつて礼拝堂のあった場所のちょうど真下で、2層分登った先が、かつての地上の堂内に繋がっている。


ちょうど堂内に顔を覗かせた時に

「モタモタしてっと先に食っちまうぞぉ」

とルワカナの遠い悪態あくたいが聞こえて、僕はクスっと笑った。


堂内は瓦礫と埃にまみれて、ラズリ様の像もお顔はたもたれているけれどひび割れて痛々しく、祭壇さいだんもぐちゃぐちゃになっている。


それでも割れた高い窓から射し込む光に照らされた堂内は、おごそかで神聖なたたずまいを確かに残していた。


僕は目を閉じて黒髪についた埃をぷるぷると払う。


瓦礫で外に出ることは出来ないけれど、隅っこに1つだけ残る壊れかけた階段が、このドーム状になった礼拝堂の屋上にかろううじて繋がっていた。

そこはいつも光に照らされていて、まるで神様の道標みたいだ。


ランプを置いて、階段をソロリと上がって屋上に出ると一気に視界が開ける。

それはまるで水から這い上がった時の様な気持ちの良い感覚を僕にくれた。


「遅いよ」と言わんばかりに既に世界をオレンジ色に染め上げた夕日を見ていると、少し昔の街を思い出す。

僕はたまにここへ来ては、よくラズリ様にお祈りを捧げていた。


──挨拶が遅れてごめんなさい。

──どうか、今日も僕達をお守り下さい


両手を胸にあてて、目を閉じて声に出して呟く。

とはいっても正しい作法もちゃんと覚えていないし、ただのご挨拶なんだけれど。


誰に聞こえる訳でもない。

ここには辺り一面の荒れ果てた廃墟が広がるだけだ。街並は粉々に壊されて、崩れず残った壁がその輪郭りんかくだけを残している。


かすかに吹く風が少しだけ冷たい。

風はいつも気まぐれで、時には優しく、時には怒るように僕に触れる。


ここの風はいつも寂しい……。


その風の合間に佇むように、遠くの瓦礫の隙間に所々赤い霧が見えた。



皇国クラウディア、第1区スルグレア。

大きく4区画に分かれているこの国の中でも東に位置する僕の故郷には、たくさんの美しい街並があった。


規則正しい真っ白な石畳いしだたみ、美しい彫刻に守られるように立派に高くそびえる礼拝堂、肩を寄せ合うように所狭しと連なるお店、家屋の数々。

そのどれもが鮮やかなオレンジの屋根を並べて、とても美しく耀いていた。


今ではもう変わり果ててしまった僕の故郷。


もしも願いが叶うなら、皆は何を願うだろう?

僕の願いはたった1つ。

今はルワカナと2人で生きていくのに精一杯だけれど、早くラズリ様の教えに恥じない大人になって、この故郷を取り戻すことを、僕はずっと夢見ていた。


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