皇国の罪人

キボウノコトリ

第1話 生き延びた2人 (リヒト)

  

地下








          ラズリ様…

   お願いします。どうか、どうかこれ以上

    僕の家族を連れていかないで下さい












クラウディアとガリヤの争いは

      互いに大きな爪痕を残して終わった。


      僕の故郷も奪い去って……。


これは、何も知らなかった僕が

        みんなと一緒に歩んだ物語……。










誰もいない地下の静寂は、退屈を嫌って僕のそばに添う。


この街の下をあちこちにう地下廃道は、所々に瓦礫の屑をき散らして崩れてはいるけれど、そのほとんどがかつての文明を誇るかのように土の中に根付いて息をしていた。


無造作に散らばった瓦礫の合間で見つけた不発爆弾の前に腰かけると、僕は注意深く解体して中の火薬を取り出していく。

前は怖くて嫌悪感しかなかったものが、今では不思議と何てこともなくなっていた。


いつも僕にまとわりつく地下の冷気は、来客が現れるとだるそうにその重い腰をあげて、『お客さんだよ』と僕の頬を冷んやりとでた。


───ルワカナが帰ってきた……。


間もなく、暗闇の奥からうっすらした灯りとかすかな足音が近づいてくる。


「戻ったぞ。帰って飯しようぜ」


サイドを少し刈り上げた長めのアップバングの黒髪がランプに照らされていた。その頭をきながら、ルワカナは顔を覗かせるとぶっきらぼうに言う。


「おかえり。ありがと。もうちょっと」


慌てて少し残った火薬を小袋の中へ掻き入れてナイフを仕舞しまうと、僕はルワカナと一緒に少し離れた家へ向かった。


家といってもこの地下にひっそりある空間だけれど、かつてどこかの屋敷の地下室だったと思われるその場所は、立派に僕達のみかだった。


ランプの灯りの中で埃が踊っている。

向かいながら、いつもよりふくれ上がったルワカナの背中のカバンを見て、僕はそっと手を添えて支えた。


「明日は火耀かようだからな。家から出るなよ」


光の中を踊る埃を手で払いのけてルワカナは言った。

僕はこの地下のあちこちに眠った不発爆弾から火薬を集めて、ルワカナは街でそれをお金に替えて生活の糧を確保する。


9つの歳に墨を入れたあの日からもう3年……。僕達2人がこの地下で暮らし始めて、もう3年がつ。


お互いの役割を果たして生きていく中で、僕達にはいくつかのルールがあった。


お互い必ず無事に帰ること──

お互い隠し事はしないこと──

赤い霧には近付かないこと──

右手のすみにはそむかないこと──


そして、


双月そうげつの火耀日には家から出歩かないこと──


夜になると、地上のあちこちから爆発みたいなすごい音や揺れがする。それは遠い時もあれば近い時もあった。


最初はわからなかった。戦争は終わったはずだし、あちこちの不発爆弾が勝手に爆発してるものだと思っていた。


でも決まって月に一度、双月の火耀日にだけ起こることに気付いた僕は、以前興味本位で見に行こうとして振動で崩れた瓦礫の下敷きになりかけたため、結局わからないままルワカナにその日の外出禁止を決められた。


「いいよ。これくらい何ともねえよ」


僕がカバンに差し出した手に、ルワカナは振り向かずにそう言うと、

「俺はオメェのアニキだぞ」

と、付け足した。


支えたカバンはずしりと重かった。双月の火耀の前日は多めに買い込んでくれる。買い出しの往復はいつも1日仕事だ。

1人で長い時間こんなに抱えて何ともないわけないのに。


──俺はオメェのアニキだぞ。


いつも口癖の様にそう言うルワカナは人のことになると心配性だ。

火薬集めも最初はずっと僕には触らせなかった。


でもルワカナが兄貴面をするのも、それが不器用な優しさだってこともわかっている。僕にとって、今ではたった1人の大切な家族……。


身体のしんまで凍りそうな寒い夜も、耳をつんざく音がする双月の日も、地下の静けさに不安になって寂しい日も、取りめもない事をいつも面白おかしく話し合って、ここでずっと一緒に支え合ってきた。


此処には僕ら以外に、誰もいない。







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