リガーメの悲劇


それからリアトリス殿は躍進やくしんしてゆく。


あまりに純真な彼女は、皇国4区の中で嫌がられる政務も喜んで引き受けた。

ただ人々を想う慈愛の一心のみで……。


政略的な側面に不向きな彼女を、妹と執務のぺフェタステリ家が支え、ルルゴアを牽制けんせいしていた。

やがてスルグレアの評判は民のみならず四当主直属の議席権を持つ名家達にまで及び、本当にルルゴアを摂政せっしょう筆頭の地位から引きずり降ろすまでに至ったのである。


共に議会政治を採用するクラウディアとガリヤの中で、その筆頭が和平に向けて力を注ぐ以上、調印まではトントン拍子で話が進んでいった。


私もピアナとは会談の度に毒を吐きあってはいたが、最早もはや『友』と呼び合える間柄あいだがらになっており、ファレトさんもすっかり姉妹のことを認めていた。


しかし式典の直前まで、私に一抹いちまつの不安が残っていたことは事実である。


「リアトリス殿を信用していない訳ではありません。しかし他民族から避けられている我々が、他国のど真ん中におもむくことに少しの不安があるのは正直なところです」


式典出立の前、私は父に正直に胸の内を明かした。


「ノヴォよ、それは互いにあってしかるべきだ。しかし向こうをこちらへ呼び寄せよと?……過激派リジルがいる以上、反対派の暗躍あんやくの危険性はこちらの方が遥かに高い。向こうは向こうで護衛の中にプレアデスまで手配してくれた。こちらも誠意で応えねば」


父は続けて物思いにふける表情で言った。


「生みの苦しみあって当然。双方に根付いた憎しみは覚悟の上だ。この世界に蔓延はびこる憎しみは、ともすれば誰かが一身にかかえようとも消し去ることなど出来ぬものかもしれない……。しかし我等がづいてどうする。踏み出した先に慈愛に満ちた安寧あんねいが待っているというに……」


「父上……。いざという時は私が……」


「ノヴォ、お前は優しい子に育ってくれた。国内の組手試合で活躍したらしいな。あまりの疾さに『雷光フルミネ』と通り名がついたとか。それは多用する力では無いし何よりお前には似合わぬよ。心配ない。ひたすらに和平の瞬間を見届けておれ」


父のおおらかな微笑ほほえみがかもし出す包容力には不思議な力がある。

の光に溶けるようなそのみを向けられると、私の些末さまつな不安や恐怖などはいつも一緒に溶けてやわらぐのであった。





式典当日───。


雪の舞う皇国内リガーメ広場に降り立った父は、リアトリス殿と調印前の挨拶をわす。


それは最早もはや、恐ろしい程に美しい世界だった。


雪と花のいろどりと、数多あまたの人々の笑顔と喝采かっさいに包まれた世界は、幻かと疑う程に美しく、父の言葉無くとも私の不安など微塵みじんも消し去ってしまうものだった。


───私達は孤独なんかじゃあ無かった。クラウディアにも、こんなにも多くの和平を祝福する声があふれていたのだ。


その悲願の代表として、リアトリス殿と共に中央に立つ父の後ろ姿は本当に誇らしいものだった。


やがて小さな少女が緊張をおさえながら記念花束の贈呈に近付いてゆく。


───スルグレアの執事筆頭ぺフェタステリ家の御息女か……。可愛らしいな。これから次の世代達には、斯様かような美しい世界をずっと見せたいものだ……。


美しく光る世界の中で、微笑ほほえましい光景に私はすっかり油断していたのかもしれない。

反対勢力のことなど忘れ去る程に見とれていた私は、耳をつんざく轟音に目を醒まされた。


───な……!?


赤い世界が薄らぐ程に一片ひとひらの美しさを享受きょうじゅしていた私は、2人からほとばし飛沫しぶきに目を見開き、少しの間動けなかった。


───銃声?……ち……父上……!


ピアナとペフェスタリ家長が慌てて広場中央へ駆け寄り、リアトリス殿と少女をかかえ込む。


「父上!………父上ぇ!」


私は慌てて我に帰り、父の元へ駆け寄って上体を起こす。

散った血と傷口の血は、間も無く血霧ちぎりとなって漂い始めた。


「ノヴォッ!これが狙いか!?……何故だ!何故ここまできて裏切ったぁ!」


ピアナが獅子のようにたけ咆哮ほうこうを向け、私も動揺しながら同じくして吠えた。


「何を言う、ピアナ!そちらの陰謀では無いのか!自慢のプレアデスとやらは何をしている!?」


「ふざけんな!んなことする訳ねえだろ!過激派リジル共の仕業じゃねえのかよ!こんなの……こんなの絶対許さねぇ!」


「こちらの仕業だと言うのか!?そんなことがあるはずが無いだろう!わざわざ貴国までおもむいたのだぞ!」


ピアナは眉を吊り上げ泣きそうな顔をこらえると、うめきながら必死に声を振り絞ったリアトリス殿に顔を向けた。


「駄目よ、ピアナ……」


「リア姉……。喋っちゃ駄目だ!」


父も同じように、苦痛に顔をゆがめながら口を開いた。


「ノヴォ……、止めなさい。ここに来て疑うなど」


「父上!」


父は血霧によって周りを巻き込まぬように傷口を押さえると、もがき苦しんでいた少女に目を向ける。


「霧散前の私の血を浴びてしまったのか……。すまない。リアトリス殿、ピアナ殿。貴国の大切な未来を傷つけてしまった」


ピアナは姉君の手を握りながら、父のその言葉にしばし呆然とすると項垂うなだれた。


「す、すまない……、ノヴォ。取り乱した」


「い、いや……、私こそだ。ピアナ」


「と、とにかく治療だ!そっちに医師は帯同しているか!?フィーサ殿に個別の部屋を急いで用意する!」


「すまない。恩に着る」


私達は冷静を取り戻すように息を吐くと、互いにうめく2人をかかえて広場を後にした。








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