第15話 文明の誤謬 (ノヴォ)

歴史の代償








        この命の最後に

    もし、願いが一つだけ叶うなら……











───ノヴォ様……。


最後に私を振り向きつぶやいた5人の声が、頭の中で反響して離れない。


彼等は雄々おおしく散った。

必死の絶望に打ちひしがれようとも、最後には未来への希望を私にたくして恥じぬ最期を迎えた。


彼等は人として散ったのだ。ただ野性の咆哮ほうこうのみを撒き散らす獣のそれでは無く、あくまで燦爛さんらんたる人の理性の耀かがやきをもって散ったのだ。


雪が降り始めた闇夜を駆ける私の跫音きょうおんは、彼等を救えなかった忸怩じくじたる思いを踏みしめながら加速してゆく。


抑えていた怒哀の心情ではあったが、遥か先にルカの姿を捉えた瞬間、私は激昂げきこうする雷光と化した。


「ルカァッ!」

雷光フルミネェッ!」


即座に投げつけられた手投げ弾をかわして相手のふところに入る。

手元の針を、プレストの楽曲を奏でる指揮棒のようにしならせようとも、ルカの演奏は私のテンポを離さない。


「何珍しくたけってんだぁ!?それでも遅ぇってんだよ!俺の怒りはそんなもんじゃあぇんだ雷光フルミネェッ!」


ルカの手足の切っ先は目で追えるものでは無かった。

肩先と視線の動きを読み取り、ようやくのしのぎを果たす。


「どいつもこいつも役に立たねぇ!まだまだこんなもんじゃ足りねぇんだよ!魔女の国全部!破壊し尽くさねぇとなぁ!」


「もう止めろ!こんなことを続けてもガリヤに未来は訪れぬ!お前達、過激派リジルのやり方では世に混沌を生み出すだけだ!」


一瞬、ルカの表情は固まった。


「テメェが……!……テメェがかすんじゃねぇ!」


爆砕したルカの咆哮ほうこうあらがえぬはやさの蹴りとなって、私の鳩尾みぞおちを貫き身体ごと後方へ吹き飛した。


瓦礫に全身を叩きつけられながら、急ぎ立ち上がり対峙の構えを直す。


「元はテメェら穏健派が仕様しょうぇ策略にまったのが始まりだろうがぁ!あんな魔女の手下共の口車にほだされやがって!挙げ句の果てに奴等はガリヤに暗殺責任を押し付けて戦争までおっ始めやがった!崇高なガリヤの歴史に泥を塗ったのはテメェらだ!全部あっちが始めたことだろうがぁ!」


ルカの声は、舞う雪をも溶かしそうな程に怒りを帯びていた。


「違う!他者の存在を認め、うやまい合ってこそ道は繋がるものなのだ。あの調印式典の悲劇には裏がある!私達の敵は他にいると、お前も理解わかっているはずだろう!もうこれ以上憎しみに身を滅ぼすな!」


「それが馬鹿馬鹿しいってんだ!じゃあ何でサルトランは無くなった!?忘れたなんて言わせねぇ!られる前にる!所詮、それが世界のことわりだろうが!」


まくし立てた声の先に上る白い吐息を隔てて、私達の合間に少しの沈黙が流れる。

ルカの口調は静かにはなったが、そこには絶えず揺るぎない怒りが込められていた。


「敵は他にいる?俺にとっちゃクラウディア全部が敵だ。あいつらは自惚うぬぼれて『皇国』とかかしてるらしいな。笑わせる。ダルキアの頃から世界は何も変わっちゃいねぇ。ガリヤはいつもいやしい奴等に奪われてゆくだけだ」


私は目をらさずにほこりはたく。


「サルトランの大火……。忘れることなど無い。そこから戦争は止められなくなった」


「全部テメェらがやったことだろうが……。元五高官筆頭、大罪の家名フォーマルハウト。父親は間抜けにも和平の餌に釣られて敵陣に乗り込んで殺された。挙げ句に息子のお前はガリヤを見捨てた裏切り者だ」


「違う!父上は全てを覚悟の上で調印に臨んだ!その後のサルトランのことは、どうしても止められなかった」


「言い訳はもういらねぇ。かつて『雷光』とまでうたわれたテメェも、今じゃあ、ただのクラウディアの犬……」


ルカは手投げ弾を両手に構えた。


「もうテメェらとの遊びにも飽きた」


「もう……、わしる言葉は無いか……ルカ」


私は息を吐き、手足に力を込める。

ルカは変わらずこちらをにらみつけながら唾を吐いて、足先で地面を噛んだ。


「ああ。めたかったら力ずくで来い。そもそも最初ハナっから、俺らに交わせるのは拳と怒りだけだろうが」


私は心のどこかで、アリオス家の2人に引け目を感じていたのかもしれない。

過激派リジルとはいえ同族。話せばわかると……。

違う歴史を辿っていれば、この2人もまた別の人生を歩んでいたのではないかと……。


ふと父の言葉が頭の中を過った。


───この世界に蔓延はびこる憎しみは、ともすれば誰かが一身にかかえようとも消し去ることなど出来ぬものかもしれない……。


憎しみは、片方が滅ぶまで終わりを見ない永遠の罰なのだろうか。

神が人に与えた、争いの運命さだめそのものなのだろうか。


私は迷いを断ち切るべく身体中の血をたぎらせた。


「ルカ……。もう、ここで終わらせよう」


左足の血管が音を立ててきしみ、赤みを増した視界は夜の世界をよどませる。


───その怒りとはやさをもって駆け抜けた先に、何か見えるか?ルカ……。


投げつけられ、炸裂した手投げ弾を合図にして、私とルカの足は時を同じくしてぜる。


舞う雪と雪の合間を裂くような応酬を前にして、私は亡き父との記憶を思い返した。










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