Fair Lady



あの時と同じく雪が降っている。


「なんでお前がガリヤの眼を持ってんだよ!?」


「クラウディア医学界最高峰の頭脳達がわからないのよ?私にわかる訳ないじゃない……」


冷静に言い放つ私に、それまで臆することなどなかったシロンが露骨ろこつ動揺どうようしながらジリジリと足をこすり始めた。


「動くな」


ピオッジアを向けるとピタリとその足を止める。

同じ眼を持つ者が銃を持っていることの危険性……自分の置かれている立場を理解しているのだろう。

先程さきほどまでの余裕は微塵みじんも消えせていた。


今まで人をもてあそぶようにチェックを続けていた自分の攻勢が終わり、相手がチェックを返した途端とたんにそれはもう自身のみだったのだから。


「これでこそ対等なFair相手Ladyでしょう?……それとも、逆に不公平Unfairだったかしら?」


「テメェ……」


冥土めいど土産みやげに教えてあげる。どうしてこの銃の名称がピオッジアっていうか知ってる?」


「な……なにぃ?」


シロンは冷や汗をたらしながら口ごもった。


「『Pioggiaピオッジア diディ Meteoritiメテオリティ』。略称PDM167。流星群という意味よ?……皇歴こうれき167年に製造された世界初の連発可能狙撃銃。本来のポテンシャルを発揮すれば流星群のように美しい複数の弾道だんどうを描くことから、この名が付けられたのよ」


「急にべらべら喋りやがって……。そんなもんが何だってんだよ!」


シロンは歯をしばって虚勢きょせいを張った。


「フィブリーナ弾を使用しても、その弾速だんそくは1秒に500メートルをつらぬくわ。射程距離も1キロは越える。いくらあなたでも、私がこの眼で撃った弾をこの距離でかわせるかしら?」


張った虚勢きょせいは悔しそうな表情に変わった。


「最後に美しい流星群の中で死ねるなんて良かったわね?でも3秒だけ待ってあげる。好きに動きなさい?………3………」


秒読みと同時にシロンは決死の形相ぎょうそうで駆けだした。

赤くにじんだ世界では、ゆっくりとそのさまが見てとれる。

左足を軸にこちらから見て右方向に身体をひねり、右足で地面を踏み込むと常人ではとらえきれない程の距離を進んだ。


「2……」


そのまま瓦礫の影にでも身を隠せばいいものを、シロンの左足首は駆ける素振そぶりを見せながら後方への跳躍ちょうやくに備えている。


───健気けなげね……。フェイントだなんて……。対等な相手と真面まともに戦ったことが無いのね。鍛練たんれん不足だわ。その関節の動きならぶ方向と距離なんて限られてるじゃない……。


「1……」


私はシロンのぶ先であろう赤く染まった闇夜に向けてピオッジアをかまえた。


───餞別せんべつよ?……ありったけの流星で見送ってあげる……。


Scacco mattoチェックメイト


行き場全てをふさぐ流星達に囲まれて、シロンは空中で一瞬こちらをにらみつけた。

一筋ひとすじの流星がその肩を直撃すると、彼は悲鳴を上げながらその場に落ちていき、した。





「ふぅ……」


少しため息をつき、私は痛む身体をほぐすようにゆっくりとシロンのもとへと歩み寄る。

シロンは呻き声を上げながら仰向あおむけになって、硬くなってゆく自身の身体にあらがっていた。


「ウソ……だ。……まだ……最高の……1枚……いて……ねぇのに」


流石さすがびととは違って、ある程度はきたえられているガリヤ人には、フィブリーナの体内での巡りが若干じゃっかん遅いようだった。


「おま…え……、綺麗だ……、その眼……。きた……かったな……」


彼は最後にそう言葉をしぼると静かに硬直して、二度とうそぶくことは無かった。

硬直し見開いたその瞳は、ぐに夜空の星を見上げていた。


「遠慮しとくわ……。あなた、才能無いもの」


もう言葉を返すことのないシロンにそっとつぶやくと、私は左眼から巻き起こった頭痛にあえいで頭を押さえた。


「ううっ……!」


すぐさま、左眼を閉じて膝を着いた。


───短時間でも負担が大きい……。酸素が、酸素が足りない。深呼吸しなきゃ……。


左眼はガリヤと同等の力とて、私のそれ以外は違う。

命を凝縮ぎょうしゅくしたような世界で巡る思考や動きの速度に、私の全身の血流はどこもすぐに限界をむかえて悲鳴を上げる。


雪の中で脂汗をかきながら荒い呼吸を繰り返す最中さなか、近付いてくる新たな物音を察して、私は急ぎ弾倉だんそうを取り替えた。


───びと?ルカ?……誰?……どれにせよ不味まずい。この状態じゃ……。


「カシィィィッ!」


耳に届いた声に、私は安堵あんどした。

ベネディが泣きそうな顔をしながら瓦礫を跳躍し、私に駆け寄るとそっと抱き締めてきた。


すかさず横たわるシロンに気付くと、私の左のほほの傷にも気付いて声を荒げる。


「カシ!良かったぁ……。やったの!?キモい奴……って、何その傷ぅぅぅっ!こいつのせい?このキモい奴にやられたの?許せない!私のカシの美しい顔に傷をつけるなんてっ!」


「ベネディ……。少し……静かにして?」


それから私の状態を察すると、一転して驚きの表情で泣きそうな声を上げた。


「カシ……、眼帯……。ちょっ!……駄目じゃない!左眼使ったの?どうして使ったの?なんでそんなことするのよ!」


「こうでもしなきゃ……、お役目……果たせなかったのよ……」


「もう!馬鹿ぁっ!」


涙を浮かべながら抱き締められて、私は少しずつ呼吸を取り戻していった。

ベネディはそれから落ちて雪にさらされた私の眼帯を拾って綺麗にはたくと、持ち運んでいるらしい消毒しょうどく綿めんててそっと着け直してくれた。


流石さすがプレアデス……。準備がいいのね……。迷惑ついでに、肩……貸してもらえないかしら?」


「駄目だよ、カシ。少し休まないと……」


「大丈夫。行かなきゃ。歩きながら良くなるわ?ちょっとの間だけ、お願い」


ベネディの肩を借りて、私は南地区へ向けて歩み始めた。


「これで約束破った者同士……。ピアナ姉さんに、一緒に謝らなきゃ……ね」


「もう……。馬鹿……。帰ったら良くなるまで毎晩添い寝してお世話してあげるからね?」


「それは遠慮しておくわ……」


「駄目!」


ベネディは少しだけ頬をふくらませた。

冷え込んできた夜に、私達の白い吐息が雪をき分けながらのぼっていった。













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