Tears & Snow




───本来、医師に怪我人が出てでも摘出しなければ助からない程の案件なのに……。


───いや、命が助かったとはいえ、どうすれば良いのだ。今後の治療の見通しも立たない。


───全く理解出来ない。人智の及ばぬ領域だ。神のたわむれとしか言い様が無い……。



医療院のベッドで意識を取り戻した私は両目に包帯を巻かれていて、最初に気づいたのは何人かの医師達の小声話だった。

あれから三日三晩もの間、私は眠りから覚めなかったという。

まだ少しうずく頭痛をこらえながら音だけを頼りに姉さん達を探した。


「リアお姉ちゃん?ピアナお姉ちゃん?どこ?」


私が意識を取り戻したことにざわめき立つ医師達は慌ててピアナ姉さんを呼び寄せた。

父様と共に、急いで駆けつけてくれた2人の息は上がっていた。


「カシミール。ああ……カシミール!」


まだ少し混乱していた私は、抱き締めてくれたピアナ姉さんの肌の温もりに安心して言葉を振り絞った。


「ピアナお姉ちゃん……。見えない、何も見えないよ。父様とお姉ちゃん達の顔が見たいよ……」


一瞬息を飲む医師達や姉さん達の雰囲気を肌で感じた。

記憶も思考も混濁こんだくとしていた私は、「わかったよ」と沈んだ声で返事をするピアナ姉さんに包帯をはずしてもらい、驚きから初めて目が覚めた。


───あ、赤い……。な、なぁに?これ……。ぜんぶ……ぜんぶ赤い。


「ヴェ、ヴェンデッタ……」


1人の医師が息を飲みながらつぶやいた言葉に私はビクリと肩をすくめた。同時に自分のがどうなってしまったのかも幼心おさなごころに理解した。


「本人の前だぞ!こんな小さな女の子に!言葉に気をつけろ!」


「も、申し訳ありません」


ピアナ姉さんはその医師をしかりつけてから私に優しく微笑ほほえんだ。


「カシミール。カシミールはね、少しおを怪我してしまったんだ。でも姉さんが必ず治してあげるよ?何も怖くないからね?」


私を安心させようと、ピアナ姉さんに続けて皆が優しい言葉をかけてくれる中、私の一言で部屋中が凍りついたように固まった。


「赤い……。どうして?……それにお姉ちゃんもどうしてゆっくり止まってるみたいにおしゃべりするの?」


その時の皆の赤く染まった悲壮ひそうな顔を私は忘れない。本当に時が止まってしまったかのように思えた。


「ま……、まさか……」


「どうして?私もゆっくりしかしゃべれない……。うぅ、気持ち悪い……」


「おい!急いで眼帯を持ってこい!」


ピアナ姉さんはベッドに腰掛けて、私の左眼を閉ざし背中をさすりながら、運ばれてきた医療眼帯をそっと左眼に掛けてくれた。


「左眼は閉じたまま。……そう。どうだい?どう見える?」


「う……。赤くなくなった。でも、前よりまだ少し変。すごく良く見えるよぉ……」


「右眼も少し影響を受けたか……。お前達、ちょっとはずしてくれないか?」


父様とうさまとピアナ姉さんだけが残り静まり返った部屋で、ピアナ姉さんは私に顔を近付けて言った。


「カシミール?……カシミールのおの怪我はとても難しいものなんだ。これからは検査や治療でつらくなってしまうかもしれない。でも約束する。必ず毎日来るから…怖くは無いからね?姉さんと一緒に……もしつらいことがあっても頑張ってくれるかな?」


「うん。お姉ちゃんと一緒なら怖くないよ?」


「カシミールは本当に良い子だ……。お姉ちゃんとの、約束だよ?」


優しく微笑んで頭をでてくれたピアナ姉さんの笑顔は、次の私の一言で瞬時に消え去ってしまった。


「リアお姉ちゃんも来てくれる?リアお姉ちゃんはどこにいるの?」


ピアナ姉さんは長く長くこらえていたのだろう。

き止めていたものが急にあふれ出すように、顔を崩しながら涙を流すと、私を強く強く抱き締めた。


「リア姉は……。リア姉さんはね?……もういない。もう……、もう会えないんだよ?」


思考の止まる私を、ピアナ姉さんは強く強く抱き締め続けていた。


「でも私がずっと一緒にいる!カシミールは……。カシミールだけは必ず守る!ずっと一緒にいて離れないからね!……私がこれから!カシミールの寂しいこと辛いこと全部もらってあげるから!」


リア姉さんとは違う優しさをいつも持ちながら、強気で格好良くて少しお兄ちゃんみたいなところもあったピアナ姉さんが、声を上げて泣くのをその時初めて見た。


───もう……会えない……。


ピアナ姉さんの慟哭どうこくが響き渡る部屋の窓の外では、その日も雪が降っていた。

父様とうさまは何も言わずに背中を向けて顔を上げると、一度大きく鼻をすすった。


───ぜんぶ、夢だったのかな……。リアお姉ちゃん……。リアお姉ちゃん、どこに行っちゃったの?


雪が降っている……。

深深と舞い落ちる雪が、あの美しかった世界を静かに、ただ音もなく、私の心と共に埋めていった。


ピアナ姉さんの涙の温もりが、私の頬にそっと触れた。






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