Tragedy




それから私がリア姉さんとピアナ姉さんのくっつき虫になるのに、して時間は掛からなかった。


「呼び名は『リアお姉ちゃん』!テシトラ、カシミールをとがめては駄目よ?これは当主命令です!」


リア姉さんが言い張ったこともあって、厳しい父様も次第に何も言わなくなった。

私は父様の執事仕事についていっては、毎日姉さん達の仕事の合間をガモみたいに追いかけるようになっていた。


月日が流れて6歳の年になり、忘れもしないあの冬がやってくる。

その日のリア姉さんの笑顔はいつもに増して耀かがやいていた。


「ついに!ついにこの日が来たわ!」


皇室こうしつ教会関係者だけでなくクラウディア中の人々が一様いちよう喝采かっさいをあげ、あの厳格な父様とうさまですら目尻めじりを下げた。


「リアトリス当主がね、長年仲良く出来なかった国とずっとお話を続けて、ついに仲直り出来るようになったのだよ」


父様とうさまは私に判りやすく教えてくれた。

それがどれだけすごいことか、最初はあまり理解出来なかったけれど、聞けば聞く程に私の瞳は驚きと感激の色を宿やどした。


───すごい……。本当にリアお姉ちゃんの言った通りだ。リアお姉ちゃんは綺麗で優しくて悪い心に負けない、まるで本物のヴェンデッタだ!


そして何よりも驚いたのは、リア姉さんが式典での記念花束の贈呈ぞうてい役をこの私にお願いすると言い出したことだ。


あまりの大役に、その日から私は緊張と胸の高鳴りにあまり眠れなくなった。

背筋を伸ばして歩く練習をしてはピアナ姉さんにカチンコチンのかたい動きを笑われ、リア姉さん自らが私の当日に着るお洋服を縫っくれているのを見ては部屋中を跳ねて回った。


迎えた式典の当日──。

その日は少し雪が降っていた。

会場のリガーメ広場は見たこともない程の人々で埋め尽くされていた。


広場中央に2つ置かれた調印ちょういん台座を挟んで、リア姉さんとガリヤ代表の小父様おじさまが向かい合っている。


周りには関係者と護衛警備の人。私はその列の中で、ピアナ姉さんに手をつながれて胸の緊張をおさえながら父様と共に立っていた。

向かいのガリヤ関係者の真ん中には、まだ若かった頃のノヴォにぃの姿もあった。


皆の笑顔に囲まれて、リア姉さんはずっと嬉しそうに微笑ほほえんでいた。


懇親こんしんの握手をわせぬことが残念でなりませんわ」


「何を……。この調印こそが何よりの握手。この日をどれだけ待ちわびたことでしょう」


我等われら若輩じゃくはいの身つ、国もまだ未熟にございます。どうか互いに、多大なる慈愛じあいもと悠久ゆうきゅう親睦しんぼくをよろしくお願い申し上げます」


「こちらこそだ。貴女あなただからこそたのです。どうかこの偉大なる一歩、後世こうせいまであゆまんことを」


代表の2人が各々それぞれ、ラズリとガリヤの敬虔けいけんの礼をわす。

雪の中を祝福のフラワーシャワーが舞った。

地鳴りのような歓声と拍手に包まれたリア姉さんを見て、私は自分のことのように誇らしくなった。


「それでは調印前に、御二人に記念花束の贈呈を」


式典進行の役人さんの呼び掛けで、見とれていた私はハッと目を覚ました。

2つの花束を受け取って、全身を強張こわばらせながら不器用な礼をしてリア姉さんのいる広場中央へと歩き始める。

微笑ほほえみながら頭をでて見送ってくれたピアナ姉さんと、向こうから呼び掛けてくれたリア姉さんのおかげで、不思議と緊張はやわらいでいった。


「カシミール……。ありがとう、カシミール……。ころばないようにね」


色鮮やかなのフラワーシャワーと白い雪、人々の笑顔と祝福の歓声、まばゆい光の中を私はゆっくりと歩いてゆく。

神秘的ですらある世界に包まれて、自然とふんわり笑みがこぼれた。


───これが……、これがリアお姉ちゃんがずっと夢見て叶えた世界なんだ……。なんて綺麗なんだろう……。たくさんの笑顔があふれてる。リアお姉ちゃん。大好きなリアお姉ちゃん。たくさんの幸せをありがとう。私もいつか…お姉ちゃんみたいにみんなを幸せにしたいな。ずっとずっと、これからもみんなで一緒に幸せでいようね。


こんな毎日がこれからもずっと続きますように…と、祈りながらきらめく光の中を歩いていた私には、まさかこの美しい世界の真っ只中でそんな願いが奪い去られるなんてどうして思えただろう。


リア姉さんのそばまで来たところで、世界の外から割り込んできた銃声がとどろきと共に天を交差して裂くと、全てを止めてしまった。

それは一瞬のことであったはずだけれど、私にはひどくゆっくりと、まるで静止した画面のような記憶として残っている。


目の前で、リア姉さんとガリヤの小父様おじさまがゆっくりと崩れ落ちてゆく。

響いた銃声で一瞬止まったかのような花弁はなびらと雪の中を、真っ赤な飛沫しぶきをあげながら、白い光に包まれた2人がゆっくりと崩れ落ちてゆく。


───リア…………お姉ちゃん……?


突然のことに、私の心臓は驚きに鼓動を止めた。

何が起こったのかわからないまま、リア姉さんを見つめ硬直した瞳に、気づいた時には焦点の外からじわりと2つの血雫ちしずくが迫ってきていた。それでも静止した世界で私はただ立ちすくむことしか出来ない。


その血雫ちしずくは心臓が鼓動を再開するよりも早く、しかしひどくゆっくりと近付いてきていて、やがて1つに重なると立ちすくむ私の左眼に入ってしまった。


恐ろしい熱さと眼の中にひろがるあまりの激痛に、幼い私は悲鳴を上げてのたうち回った。


「あぁぁぁぁっ!いだぁぁぁぁぁぁいっ!いだぁぁぁいぃぃぃっ!」


周りの群衆の悲鳴や喧騒けんそうなど耳に届く余裕は無かった。

このまま死んでしまうと思う程の痛みだった。

ただ駆けつける靴音くつおとと聞き慣れた声だけはちゃんと憶えている。


「カシミール!リア姉!」

「いだいぃぃぃぃぃ!グスッ、いだぁぁぁいよぉぉっ!」


「カシミール!当主!」

かかえてくれた腕が父様とうさまの物だったことは声と感触でわかった。後にも先にも父様とうさまのあんな慌てた声を聞いたのは、その時が最初で最後だった。

すぐそばでリア姉さんをかかえているであろうピアナ姉さんの取り乱した声もうっすらと聞こえていた。


「リア姉っ!おいっ!リア姉っ!……テシトラ!カシミールは!?」


「いだいぃ……。ヒクッ。いだいぃ……」

「撃たれてはいないっ!だがおそらく、眼に血を浴びた!」


「チッ!おい!護衛!何してやがる!けてんじゃねぇ!早く厳戒げんかい態勢を取れ!それと医者をかき集めろっ!早く!早くしろぉぉっ!」


「父上!父上ぇ!」

それからしばらくノヴォにぃとピアナ姉さんの怒鳴どなり合う声が聞こえて、頭まで割れそうな激痛に息を荒げて耐えていた私は、リア姉さんを探して必死に右のなみだを開けようとした。


───いだいぃ……。いだいよぉ……。リアお姉ちゃん……。リアお姉ちゃん、どこ?


かすかによみがえった視界からは、あの美しい世界はもう消え去っていて、たまたま視線の向いていた遥か遠くの時計塔の先をとらえた私は、狙撃銃を持った1人の男と目が合った。

その男は驚いた形相ぎょうそうで私を一瞥いちべつすると、スッと姿を消していった。


私は父様に身体を預けながら、必死に首だけを動かしてリア姉さんを探そうとしたけれど、激しい動悸どうきに視界が朦朧もうろうとし始める。


───リアお姉ちゃん……。

      ……リア……お姉ちゃん……。


激痛はついに意識の全てを飲み込んでしまい、私はそこで気を失った。






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