命の町の設計図-2

 「な、何……?」

 保志の眉がピクリと動く。


 「こんなん、どっかで見たことあるで。金持ちの病院が高齢者を抱え込んで金儲けしようとする手法と同じやん。これのどこが『命の町』なん。『金の町』の間違いとちゃう?どうせ、主幹となるとか言う病院とスポンサー契約を結んでるんやろ?」


 ぐ、と保志の喉が鳴った。

 「そら……、何事も金が必要やからな……。」


 正人がオロオロと保志と美葉の顔を見比べた。


 「あ、あの、お二人の間でなにかありましたか……?」

 「いえ、別に。」

 美葉は腕を組んだまま正人をチラリと見た。


 まぁ、保志に恨みがあるわけでは無い。高校生の頃、正人と樹々を育てる中でデザイナーのまねごとをさせてくれたのは保志だった。コテンパンにけなされながらリフォームのデザインを考えたのは今となっては懐かしい思い出だし、その経験が今の仕事に直結している。去年の秋、プロになって初めて一緒に仕事をしたときも痛烈な批判を受けた。別に、その時の仕返しをしているわけでは、無い。


 「あのぉ、ちょっと意見してもいいですか?」

 佳音が、おずおずと手を挙げた。ん?と保志が視線を投げると佳音は一瞬ひるんだが、意を決したように口を開いた。


 「命の営みが見える町というのなら、病院という建物にするのでは無く訪問医療にした方がいいんじゃないかな。出産や看取りが自宅でできるような。出産も看取りも、病院の中で扱われるのが普通になってるけど、そうすると見えないでしょ?当の本人と家族以外。」


 ほう、と保志が感心したような声を上げる。


 「それに、高齢者=体操っていうのも、画一的な気がするな。認知症の人だって、役割を果たしたい気持ちはあるはず。」

 「そう言えば、節子ばあちゃんはトラクターに乗るのが好きだったな。認知症になってもさ、好きな仕事を続けられたらいいよな。」


 健太がしみじみと呟いた。あ、と佳音が声を上げぽんと手を打ち合わせる。


 「農園を作って、元農家の人が働けたらいいかも。農業だけじゃ無いよね、サービス業の人や料理が上手な人は新風じんふぁやアンテナショップで働いたり、子供の世話が上手な人に保母さんをしてもらったり。認知症の人が安心して働けるようにスタッフがサポートする……障害者の事業所みたいなシステムにしたらどうかな。」

 「それ、いいなぁ。農園の野菜を新風で使ったらいいんじゃないか?自分が作った作物を美味そうに食べてくれてる顔を見るって、生産者にとって一番嬉しいことだぜ。」

 「お前、たまにはええ事言うな。」


 健太の言葉に保志が感心したように頷く。


 「あのさ、パン屋つくったらどう?パンの香りに満ちあふれた町って、幸せだぜ。」


 「もう、パンオタクは黙ってなさい。」

 ひょろりと上半身を乗り出した錬の額を佳音がペシリと叩いた。正人が笑ってから思いついたように顔を上げた。


 「パン屋さん、いいかも知れないですよ。医療や福祉ばかりに目が行っていますが、人の営みは様々な要素が織りなす物です。元は有機農業や町の特産品をアピールする新風というレストランが主幹だったでしょう?そこも大切にしなくては。町の一番の産業である農業を二次産業や三次産業に繋げたら良いと思います。地元産の小麦を使ったパン屋さんなど、魅力的なお店を沢山誘致すればいいかも知れません。それに、人は生まれて死ぬまでの間に成長や成熟をするはずです。教育や文化も取り入れてはどうでしょう。」


 「流石やな。お前あほやけど頭はええもんな。」

 保志の奇妙な褒め言葉に、正人は首をかしげた。


 「あほで頭がいいというのは、どういう状態なのでしょう……?」

 「まぁ、そこはあんまり掘り下げるな。お前の良さを褒めていると思え。」


 健太がポンポンと正人の肩を叩いた。美葉もうんうんと頷いた。あほで頭がいい。確かに正人の特長をよく捉えている。


 「……隠れる場所が、あればいいね。」


 ぽつりと、ハスキーな声が聞こえた。のえるは一人だけ傍観者のように座っていた。長い足を組んで、テーブルに頬杖を付いている。そののえるから発せられた言葉だった。


 皆の注目を浴び、のえるは困ったような笑みを浮かべる。


 「ふとね、桃ちゃんと千紗のこと思い出したの。桃ちゃんが電磁波シールド張り巡らせた部屋に籠もったり、桃ちゃんと喧嘩して気まずくなった千紗が山小屋に籠もっちゃったり。……誰だってしんどくなる時あるじゃん。そういう時に、回復するまで安心して隠れることが出来る場所があればいいよね。」


 のえるは頬杖を付くために丸めていた背中を伸ばした。


 「命の営みまで見える町って、皆が助け合う町でしょ。皆の目が行き届く町でしょ。私がずっとそこにいたら、多分窒息する。素敵な場所だと思うし、そこで生きるのは幸せなのかも知れないけど、私には無理。適度に身を隠せる場所が無いと死んじゃうな。」


 空気が、しんと静まる。のえるは、ふいと横を向いた。皆の視線を受けて居たたまれない気持ちになったのかも知れない。眉間に小さく皺を寄せている。


 のえるの言うことは真を付いていると思った。のえるの隣で、陽汰が両足を持ち上げて膝を抱えた。少し前まで両目を前髪で隠していた陽汰は、緘黙症という人と話が出来ない病気を患っている。だが、克服すると心に決めたばかりだ。そんな陽汰の作る音楽に心を寄せ、ku-onとして共に生きる道を選んだのえるも、陽汰と似たような生き辛さを感じているのかも知れない。


 色々な人が、それぞれの事情を抱えながら社会を作っている。人は、自然の中ではとても弱い生き物で、社会という集団を武器にして生き残ってきた。だから、孤独であるという事は本来とても危険なことで、不安を感じるはずだ。孤独を感じたら、自然と誰かに会いたくなる。だけど、疲れて一人になりたくなるときも、確かにある。


 「人って、隠れる場所も必要だし、集まる場所も必要だよね。」

 思わず口から出た呟きに、のえるがそっと頷いた。


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