第19話 自傷行為

 通常「自傷行為」というと、リストカットを思い浮かべる。しかし、実際には様々なかたちの、自傷行為が存在する。


 例えば「身体改造」。


 ピアスの穴を開けるのは、自傷行為ではない、という見かたが一般的である。


 当然、ファッションとして、自らのアイデンティティの表明として、ピアス穴を開けることはあるものの、自分の身体に穴を開けるという行為そのものに夢中になっている場合、これは、自傷行為とみなすことはできないだろうか。


 他にも、摂食障害もある意味では、自傷行為であるし、決して手首を切ることだけが自傷行為ではない。


 自分の身体を傷つけることで、生きている実感を得られる。そうすることでしか、自分がいま生きているという感覚を、確認できない。


 その原因は、虐待のトラウマだったり、自己肯定感の低さであったり、様々なことが言われているが、彼女も場合は、おそらく「愛情不足」にあったのかも知れない。


 しかし、そのことで彼女の母親を責めるのは、あまりにも苛烈な仕打ちであるのかも知れない。


 海野花。七海の母親は、両親を知らない。だから母親になるということが、どういうことなのか、わからなかった。彼女が日曜夜の「サザエさん」というコンテンツに対して、まったく共感を得られなかったのは、無理もない。

 家族団らんなど、花にとっては、非日常、非現実的な、自分とは関係のない世界のお話なのである。

 

 このように書くと、では両親を知らず、施設で育った女性には母性は育たないかのように断じている風にも読めるが、決してそうではない。断じてそうではない。


 ただ花の場合、母性に乏しい原因のひとつに、自分の母親を知らない、という事も一因としてあることは、否定できない。


 娘をどうしても愛することができない。もちろん、知識として、親が子を育てなければいけないことは知っているから、面倒は見ているけれども、どうしても愛情を注ぐことができない。そんな自分に、戸惑いながら、何とか七海との暮らしを続けてきた。


 実は、七海は、母親から食事を与えられなかった日が、何度もある。そんなときは、スーパーマーケットの試食コーナーが、彼女の生を支えていた。covid-19の猛威により、スーパーマーケットから試食コーナーがほぼ壊滅したが、平成のスーパーマーケットでは、試食コーナーは欠かせない販促手法だった。

 例えば、新製品のウインナーが発売されると、販売員の女性がホットプレートでウインナーを焼いて提供する。

 幼い七海は、何度も何度も、ウインナー売り場を行ったり来たりして、試食品をもらっていた。

 販売員の女性も次第に訝しみ、ついには


「ママはどこ?」


と訊いた。


 幼い七海には、嘘をついたり、ごまかしたりする事ができなかった。幼くなくても、彼女は嘘をついたり、ごまかしたりは苦手分野である。


「ママ、ごはん作れないの」


 販売員の女性は、七海のためにたくさんウインナーを焼いた。


 そのウインナーの味を、七海は、一生忘れないという。


 そんな七海が、中学生になって、金属バットを振り回すようになった。自分より明らかに体格の大きな男性相手でも、全くひるまなかった。自分がもし怪我をしたら、もし、もっとひどい目に合ったら、など気にもせず、全く恐れなかった。


 自分が傷つくことなど、まったく恐れないし、むしろそんな状況下に自分を追い込むことを、みずから求めている、そんなようにも見えた。


 だからといって、学校で荒れていたわけでもなく、ただ彼女は曲がったことが大きらいで、弱者に対して暴力を振りかざす相手をどうしても許せなくて、それで自分の危険も顧みず、強者に対してぶつかっていくのだった。


 これも、ある意味では、自傷行為と呼べるものだったと筆者は考える。


 それは高校生になっても続いた。


 ただ、高校生になって、もうひとつ自傷行為が増えた。


 恋愛依存。


 ひとりの異性だけを一途に想い続ける


 という依存もあるが、七海の場合は違った。ひとりの男性だけを愛するという事ができない。同時多発的に複数の恋愛関係を掛け持ちすることで、


―――わたしは、こんなにも色んな男性から求められている。愛されている。だから私は生きていていいんだ。


 もちろん、このように明確に言語化できていたかどうかといえば怪しいが、しかし、誰かに愛されているという実感を「たったひとり」から求めるには、高校生の七海には、物足りなさ過ぎた。


 ネットゲームで出会った大学生から、学校の先生から、先輩から、同級生から、後輩から、テレクラ(今でいう出会い系)で出会った40代のサラリーマンから、手あたり次第に、同時進行で恋愛関係を続けた。身体の関係も含めて、いわゆる「二股」どころではない、恋愛依存であった。


 金属バットを振り回していた少女がどうしてこうなったか。それは高校生になり、より女性的になったことで、言い寄ってくる男性が複数現れるようになった、ということが一番の理由であると考えられる。


 また携帯電話の普及により、出会いの機会がグンと増えた。七海の時代であれば、ちょうど、mixiやGREEといった、いまのSNSの原型ともいえるサービスが携帯電話で気軽に利用できるようになった頃だった。

 女子高生だというだけで、多くのオスが群がってきた。JKというものが、ひとつのブランドとして認知され始めた、最初の時代だったのかも知れない。


 学校指定のジャージが戦闘服だった中学時代と異なり、高校生になると、七海は制服を少し改造した校則ギリギリセーフのミニスカートとルーズソックスが戦闘服となり、次々と、JK目当てのオスとの出会いを求めた。


 どんなリスクがあるかも十分承知した上で、そのリスクに自ら進んで飛び込んでいく。自分が傷つくのをわかった上で、あえてそれを求めて行動する。


 破滅行為


 あえてそこに向かう衝動。


 ある若い整体師がいた。ネットで手あたり次第にJKを漁っていた。その男もまた、重度の依存症だった。性依存。それも対象は、JKでなければいけない。それなりの容姿を持ち、整体師という資格を生かし、マッサージをしてあげる、ダイエットにも効果的だし、身体がすごく楽になるよ、と女子高生を誘い出し、次々と口説いては、同時進行で複数の交際を続けていた。


 決してひとりの異性では満たされない。その点、その頃の七海と、似た者同士だった。


 ふたりは携帯ゲームで出会い、頻繁に会うようになり、彼氏彼女の関係となった。


 妊娠していることが発覚したのは、高校卒業直前のことだった。


 当然、母親には相談できない。学校にも知られるわけにはいかない。かといって、実は、そういった悩みを相談できる友人は、七海にはいなかった。


 いっしょにお弁当を食べる友だちは、いた。


 でも、それはあくまでも、表面上の付き合いで、本当に心から気を許せて、何でも相談できる友だちなど、七海にはいなかった。


 みんな、七海の「フルスイング」(前話参照)は知っていたから、いざ何かあったとき、彼女を頼れば何とかしてくれる、使い道がある、という理由で、表面上仲の良い体裁を保っていたが、心から七海を友人として扱ってくれる、そんな相手は、ほとんどいなかった。ヤンキー・不良の子分はうなるほどいたが、七海は相手にしたくなかったし、あっちが勝手に崇拝しているだけだった。


 星野君は、実は両想いだったのだが、高校生になっても、友人関係は続いた。七海は高校生で恋愛依存症となってしまったが、星野君に対しては、よき友人として振る舞い続けた。そして自身が手あたり次第に男漁りをしていることを、星野君だけには決して知られないように、と努力していた。


 七海が本当に好きなのは、星野君だったのだが、大好きな人と結ばれるのは、違うと思っていた。


 七海は、自分を傷つけたかった。だから整体師の彼氏なんて、本当はタイプじゃないし、すごくキモいヤツなんだけど、そういう「クズ」だからこそ、あえて恋愛する。学校の教師からも言い寄られた。妻子があるにも関わらず、生徒である七海と身体の関係をしつこく求めてくる、とても気持ちの悪い男だったが、だからこそ、七海にとっては、もってこいの相手だった。


 自分を大切にするということが、どうしてもできなかった。


 自分を傷つけることでしか、自分が生きていることを実感できなかった。


 妊娠したことが発覚したときも、


―――ざまあみろ


 と、自分を嘲ることしかできなかった。


 しかし、数少ない友人と何とか呼べる、お弁当仲間の一人である、同級生の中村美波には、打ち明けた。決して親友というわけではなかったが、なぜか、彼女に打ち明けた。理由はわからない。なんとなく、だった。


「赤ちゃんできた」


「へ?」


「妊娠してた」


「ちょい待ち、検査薬、陽性だったの?産婦人科は行った?」


「病院まだ」


「彼氏は?」


「連絡取れない」


「え?」


「音信不通」


「家知ってる?」


「知らない。和歌山県だし、いっつも神都市まで車で来てくれてたんだけど」


「県外か!クズ野郎だな!」


「どうしよ」


「どうしようって、アンタ、赤ちゃん産みたいの?」


「わからない」


「お母さんになるんだよ?」


「うん」


「ちゃんと育てられんの?」


「無理だと思う」


「じゃあ、堕ろすしかないよ」


「赤ちゃん殺すやつ?」


「そう」


「そっか。私、殺人者になるんだ」


「そういう言い方やめなよ。産んで、育てられない方が、よっぽど無責任だって」


「うん」


 美波は、困り果てた。美波の両親は現在、別居中で、母親につくか、父親につくか、どちらか選べと選択を迫られ、もう高校を卒業するし、私はどちらとも一緒には暮らさない、バス会社の寮で暮らしながら、バスガイドとして、ひとりで生きていく!と決めて、その生活をこれから始めるところだった。


 つまり、両親には相談できない。


 美波が思いついたのは、小中学生のころ通っていた塾の先生だった。


 その塾の先生の名前は、志道正宗という。


 まだこの頃は「まめじぃ」とは呼ばれていなかった。「まめじゅく」という名称も存在しなかった。


 しかし、個人塾の経営者として、毎年多くの教え子を第一志望校に導いていた、いわゆる「進学塾」の経営者だった。


 美波は、高校受験まで志道の教え子だったが、家庭の事情から大学進学はしない方針だった為、塾は中3で退塾していた。それ以降、連絡は入れてなかった。


 しかし美波は、知っていた。志道は一見、スパルタ講師で、怖い厳しいと見られがちだが、実は困った人を放っておけない、そして頼まれたら断れない、そんな一面があるということを。


 確信を持って、美波は志道に連絡した。


「せんせー久しぶりです。美波です」


「おおー!元気にしとったか」


「はい。実は先生、緊急でお願いがあって」


「何、どうした」


「友だちが、妊娠しちゃって」


「うん」


「それで、誰にも相談できなくて」


「親には言った方がいい」


「いや、それが複雑な事情があって」


美波は、事情を説明した。


「そうか。わかった。よく電話してきてくれたな。もう大丈夫」


 次の日、志道は、隣県の産婦人科へ、美波と七海を乗せて、車を走らせた。その産婦人科は、日帰りで、しかも誰にも言えない中絶手術を格安で受け入れてくれる、希少な病院だった。三重県内のすべての産婦人科に志道は問い合わせをしたが、日帰りで、しかも親に内緒で未成年者の中絶手術をしてくれる病院は、無かった。


 やむなく、隣県にまで問い合わせした結果、運よくひとつだけ、受け入れてくれる病院があった。


 受付で問診票を書かなければいけない。中絶手術には、相手、つまり父親となる男性の署名が必要である。


 しかし相手は、音信不通になって連絡が取れない。自宅も和歌山県であるということ以外わからない。整体師であることは聞いているが、どこで働いているのかも知らない。


 志道は、躊躇なく、父親の欄に自分の名前を記入し、提出した。七海は、その記名欄を見ていなかったし、この親切なおじさんが、美波の恩師だというこの男が、後の「まめじぃ」であることなど、今になっても、知らない。


 当時の志道は、体重が120キロあった。しかし今の「まめじぃ」は、体重が70キロあるか無いか。見た目が全くの別人だった。当時の写真と今の写真を見比べても、同一人物とは思えない変貌を遂げている。太っていたときの声と、痩せてからの声も、まったく違う。か・・・髪の毛の本数も桁違い・・・そういう理由から、あの中絶手術のときのおじさんが、まめじぃであることは、七海は、ずっと知らない。そしてこれからも、知る必要もないと、まめじぃは思っていた。思っていた。恩を売るつもりなんて微塵も無かったから。


 とにかく、手術は半日ほどで無事成功した。


 手術じたいは、成功した。


 しかし、七海は、錯乱した。


 中絶手術の際の麻酔が、影響していたのもある。


 せっかく授かったいのちを、自らの勝手な都合で、奪ってしまった罪悪感もある。


 見ず知らずのおじさんに、手術費用まで支払ってもらって、申し訳ないという想いも、きっとあっただろう。


 七海は、人生で、初めて、泣き狂った。


「ごめんなさあああい!ゆるしてくださああい!ごめんなさああい!」


 七海は、まだ完全に麻酔が切れていない、意識があやふやな状態で、泣き狂った。


 美波が必死で七海の身体を支え、背中をさする。


「もう大丈夫。もう大丈夫。もう大丈夫」


 美波は、それしか言えなかった。後は背中をさする位しか、してやれることは無かった。


 医師の説明によると、麻酔の効果が弱まってくると、こういった錯乱状態になることはよくあることだという。それは手術前に、美波も七海も一緒に聞いていた。


 しかし、ここまで錯乱状態になるとは、担当の医師でさえ、想定していなかったという。


「ゆるしてえええ!わあああ!おええええっ!」


 吐き気もひどいらしい。志道は、見ていられなかった。どうしてこんな若い年齢で、こんな苦しい想いをしなければいけないのか。どうしてこの子がこんなになるまで、誰も助けてあげられなかったのだろう。日本の教育は、世界に誇れるものではなかったのか。わたしは、教育者として、誇りを持って仕事をしてきたが、しかし、この子ひとり救えないで、教育者である意味があるのだろうか。


 志道も、苦しんだ。痛かった。自分のできることが、運転して、名前を書いて、お金を払うことしかできないなんて。無力感に苛まれた。じぶんへの、世の中への、怒りに震えた。

 

 確かに、発展途上国では、痛ましい環境下で、子どもたちが辛い想いをしている。でも、先進国と呼ばれる日本でも、こんなに傷ついて、苦しんでいる子がいる。なんて理不尽なんだ、この世界は。


 じぶんを傷つけなければ、生きていけない、そんないのちも、ある。


 しかし、海野七海は、中絶手術という経験を通じて、強くなった。


 もちろん、すぐには立ち直れなかった。


―――人殺し


 わたしは、新しく生まれた命を、自分の都合で、奪ってしまった。


その業を抱えて、生きていくと覚悟を決めるまでには、時間がかかった。


 葬儀社でのアルバイトを始めたのも、亡くなったわが子、産まれる前に命を絶たれたわが子への、償いの気持ちも、もしかしたら少しはあったのかも知れない。なかなか正社員にはなれないけれども、それでも、誰かの「死」を見送る仕事をすることで、少しでも亡きわが子への償いになるのかも知れないと、どこかで思っているのかも知れない。


 ただ、そういう辛い想いや、苦しい胸の内を、表面に出すことは、七海は決してしなかった。私は不幸な人です、私は苦しんでいます、というアピールをすることは、相手に対して失礼だという価値観を、彼女はいつしか身に着けていた。


 親の愛情が希薄な子に多いのだが、自分を偽っていることを、自分自身が気づいていない、というケースがよくある。


 ただ七海の場合は、上機嫌で、明るく元気に振る舞うことが、相手に対する最大の礼儀である、という彼女自身の信念を、みずから育て上げていたし、また意識的に元気よく振る舞うことで、自分自身を励ましていたという事もあるのだと思う。


 中絶手術という経験は、確かに辛かった。苦しかった。本当に痛かったと思う。麻酔なんて気休めに過ぎない。

 赤ちゃんは、頭蓋骨をペンチでひねり潰されるのである。医師はそれを、医療行為だと信じて行う。そうでなければ、正気を保てないはずである。でなければ、サイコパスでしかない。


 しかし、この経験を通じて、七海に大きな変化が起こった。


 自傷行為をしなくなった。


 じぶんを大切にするようになった。


 なぜ?


 ひとつには、生れてくるはずの命を奪ってしまった、という罪悪感から、苦しんで苦しんで、苦しみ抜いた先に、この子のぶんまで、強く生きよう、という決意があったのかも知れない。


 とにかく、美波からその話を聞いて、志道は少しだけ、救われた気分になった。もう七海とは会う事もないだろうし、別に手術費用の16万円なんて、返して欲しいとも思わない。なぜなら、こんなことしかできない自分の無力さに、志道は打ちのめされていたのだから。


 美波はその後、宮崎県の農家に嫁いだ。毎年マンゴーを送ってくれるが、まさか母親になった七海が、まめじぃの教え子になっていることは、知らない。


 七海は七海で、美波が宮崎県へ移住してからは、すっかり疎遠になった様子で、美波との交流の話を聞かない。こちらからはあえて触れない。ふたりの関係がどう変化していったかというのは、詮索するような事でもない。


 とにかく、中絶手術をすると妊娠できない、という噂は、噂に過ぎないということ。確かに妊娠しにくくなるケースもあるらしいが、七海は、お母さんになれた。愛するわが子のために、経済的にもっと安定できるように、看護師になると自ら道を切り拓く、前向きな生き方ができるようになった。


 そのことが、まめじぃは何より嬉しい。そして、あのとき守れなかったいのちの分まで、晴斗を全力で応援したいという気持ちは、まめじぃも、一緒である。


 自分を傷つけることでしか、生きていることを実感できない。


 肝臓に悪いとわかっているのに、お酒が大好きなまめじぃも、あるいは、同じなのだろうか。

 いや、待って。別に全然飲まない日もあるから、依存症ではないと思いたい。そもそも、好きなクセにあんまり飲めないから、アルコール依存症の人たちのように、浴びるように飲み続けたり、飲まない日があると、手が震えてきたり、なんてことはない。

 それでもお酒が大好きで飲み続けるのは、やっぱり同じなんだろうか。


 だから、まめじぃは、自傷行為を、否定しない。自傷行為をやめられない人を、否定しない。


 ただただ、守れるような大人になりたい。自傷行為をしなくても、大丈夫な世界になって欲しい、そのために微力でも、何かできることをしていきたい・・・


―――ブーン・ブーン・ブーン・ポチ


「ちょい!ちょい!ちょいいい!!!!」


「何かね」


「まめじぃって、あのときの、美波が連れてきてくれた、あの、ちょいいいい!」


「何かね」


「何かね!?何かねって!?知らなくていいってバラしてんじゃん!ってか、ちょいいい!」


「うん。それに最後の方、結局ワシの独り語りみたいになってしまって」


「そんなこといいの!わたし!ずっと!ずっと!ずっと!」


「うん。ごめん。黙ってた方がいいと思ったし、罪悪感ハンパないけど、やっぱり七海さんを主人公に選んだ時点で、これはもう、書かざるを得ないというか。スランプの原因は、体調不良もあったけれど、もしかしたら、ここにこそ、根本的な原因があったのかも。どうしようって、今さら、七海さんを主人公にするって決めて、七海さんを描き始めておいて、ここに触れるべきか、触れないべきか、どうしたらいいかって、ずっとモヤモヤしてたのも、あったのかも」


「でも教えてくれてありがとおー!!!うわあああん」


「いやまだワシ、罪悪感の方がでかいわ。削除したいわ。事前に相談すべきだもんこれ」


「うわああん」


「いや本当に、これは申し訳なさすぎだと」


「ありがとう先生!恩返しできずに死ぬのはいやだったもん!うわああ$%&#」


「・・・これ、掲載してええのね?」


「うん!」


「ありがとうな」


「たとえ一人でも、看護師を目指してみようっていう人がいてくれたら嬉しいし、ウチが主人公だなんて、人生でこんな経験ないし。それにもし、同じような経験をしなきゃいけなくなった子がいたとして、大丈夫、人生はいくらでもやり直しが利くって、伝えられたらいいし」


「ありがとうな。同じ気持ちでおってくれて。本当はバラしたらイカン思ってたんやけど、どうしても、『七海さん』と真正面から向き合って、ちゃんと描くのに、どうしても避けて通れんところやった」


「せんせーありがとう、ホンマありがとう、もう感謝してもしきれへん!うぅ・・・」


「その気持ちを、また、誰かのために使ってあげて欲しい。思いやりのバトン、やさしさのバトン、それをつないでいってくれたら、こんな世界でも、ちょっとずつ誰かが救われるんちゃうかと思って」


「うん」


「恩返しっていうなら、これからも、一人でも多くの患者さんを、安心させてあげて欲しいの。一人でも多くの新人ナースを、支えてあげて欲しいの。思いやりや、やさしさを、忘れんと、誰かを支えてあげられる人であってほしいの。ワシの願いな」


「うん」


「ほんとありがとうな七海さん」


「こっちがやよ、ありがとうまじで」


ふたり、号泣。


つづく


※この物語はハーフフィクションです!あくまでも!どこまでも!たぶん!




  


 

 



 

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