第16話 「よき師」との出会いかた・育てかた(3)

 まめじぃは、確かに言った。


「よき師との出会いかた」があるって。


さらには「育てかた」まであるらしい。


 新聞部片山志桜里18歳高校3年生は、いつも制服のポケットに忍ばせているメモ帳を持ってこなかったことを悔やみつつ、一言一句聞き逃さないぞというスイッチが入った。特ダネの予感しかない。


「それはな・・・」


 まめじぃの発言を、志桜里はひと言も聞き逃さなかった。心のメモ帳に刻み込んだ。


 1、そもそも「自分以外はすべて師匠」である。


 じぶんの感受性、受け止め方次第で、何からでも誰からでも学べることはある。


 そのことに気づけば、自分以外は、すべて師匠になる。何もヒトだけとは限らない。


 まめじぃは、スーパーの野菜売り場で買った88円の豆苗とうみょうが、包丁で切断されてもめげずにニョキニョキ育つ姿に胸打たれて、自分もこれくらい生きる事に執着しなきゃ、何も成し遂げられないと想いを新たにし、豆苗を「師匠」と崇め、日々、新鮮なお水を献上していた。結局食べちゃったけれど。


 そういう「感受性」が、まず大事。誰だって、毎日、「よき師」に出会っているんだ。

 

 2、そんな中でも「この人だ」と狙いを定めて、弟子入りを勝手にしてしまう。


 その人が師匠に相応しい相手かどうかなんて、なってみないとわからない。結局「関係性」なんだから。


 まずは「この人だ」と決めてしまおう。正直誰だっていい。直感でいい。


 「わたしはあなたを師と仰いでいる」と、相手にちゃんと伝え、「だから師として私をちゃんと導いてね」と、やんわりと、しかし確実に刷り込んでいく事が重要なのだ。


 遠慮なく疑問をぶつけよう。


 遠慮なくリクエストをしてみよう。


 最初は、ちゃんと向き合ってくれないかも知れない。何だコイツは、なんて思われたりするかもしれない。でも、しゃあない。わたしはあなたを師匠と決めたんだから、ちゃんと育てて下さいよ、というメッセージを込めて、遠慮なく、伝え続けるのだ。


 そのためにも、


 師と決めた相手への、「報告」・「連絡」・「相談」を欠かさないようにする。


 要するに、コミュニケーションを密に取る、ということ。結果「親和性」が向上していく。話す機会が多ければ多いほど、顔を合わせる機会が多ければ多いほど、お互いの関係性が深まるのは当然のことである。


 それなのに、あなたとちゃんと向き合おうとしないのは、その人が、あなたの師匠としての器が無い証拠なんだけれど、


 あ、無理、とあなたが思った時点で、新たな師を探せばそれでいい。


 しかし相性がよければ、お互いの「親和性」が高まることで、あなたが「師」に選んだ人は、あなたのために、力を発揮してくれるようになる。


 発揮してくれないなら、別の人を探せばいいだけなのだ。


 どんな有名なカリスマ先生だったとしても、その先生とあなたの相性が最悪、ということはあり得る。有名な師匠の弟子になったから、成功が約束されているというのは、違う。逆にあなたの「伸びる芽」を摘み取ってしまうことだって、あるのだ。あくまでも可能性の話。


 どんな無名な、まだ何者でもないような、そんな人であったとしても、あなたを弟子にしたことで、あなたの想いに応えるために、どんどん成長し、覚醒し、「師匠」と呼ばれるにふさわしい人物に育つことも、多々ある。


 別に生きている人間でなくてもいい。まめじぃの師匠のひとり「本居宣長」は、江戸時代の人だから、当然、生きてはいない。

 しかし、まめじぃは、道に迷い、ボロボロになったとき、いつも、本居宣長師匠の生きざまを振り返る。師匠の事が書かれた書籍を読み、師匠自身の著作も読み返す。師匠の遺した言葉を、自分の生きる糧としているのだ。

 この場合、師匠をどうやって育てるというのか。故人をどう育てるのか。それは、師匠について更に深く学ぶ、ということだ。


 師匠について深く学べば学ぶほど、自分がモノを考えたり、何かを判断しなければいけない場面で、


―――こんなとき師匠ならどうする?


 と思うようになる。


 この「こんなとき師匠ならどうする?」が大事。この質問のためだけに、師匠は必要といっても過言ではない。


 師匠の考えや行動をそっくり真似てみるのが目的ではない。自分がどうしたいのか、自分はどうすればよいのか。人間じんかんを生きていると、日々選択肢の連続である。答えなんてあってないような場合も多い。それでも「これ」と決めるための、大事な道筋を照らしてくれる、とても重要なものの考え方なのだ。


「師匠はきっとこうするだろう、こう言うだろう。」


「そこで私は、こうだ」


と、決定できるようになる。師匠の真似になってもいいし、そうでなくてもいい。


 自分のモチベーションを高め、維持し続けるために「師の存在」はとても重要な役割を果たす。


 だから、無理やりでも師を見つけて育てるんだ。そして師を使い倒せ!


―――これが、まめじぃが語った「よき師」との「出会いかた」と「育てかた」だった。


 「よき師」なんて、中々出会えないぞ、と言っていたのに、その辺に転がっているみたいな言いかたで、なんか矛盾しているように、志桜里は思えた。

 それに「育てる」といったって、そう簡単に相応しい人が見つかるわけがない。多くの人は、わが師を育てるスキルなんて持ってない。

 更には「生きている人」じゃなくていいって、「人じゃなくてもいい」だなんて、それもう、「師匠」のが広すぎるんだ、まめじぃは。


定義を広げる?


 志桜里は頭の中で、ポッと光が灯った気がした。


定義を、拡げる。


それ、最強じゃない?


どんなことからも学べる。


何からでも学びにつながる、何かを得られる。


すごっ・・・


いや待って、でも・・・


まめじぃ、ずるいよ。そんな境地に達することができたら、そりゃあ無敵じゃない。


「言うは易く行うは難し」


思わず志桜里は声に出してしまった。


「ん?」


まめじぃは志桜里を見た。


「そうじゃな。いい事言った。言うだけならタダだもんな。実際に、そんなことがカンタンにできるんだったら、『3年かけてでも探せ』なんて教えは残っておらんな」


志桜里はまめじぃをじっと見た。


「でも、それを実際にできた人がいるんですもんね。ここに」


そう言った志桜里の視線は、麗子に移った。麗子はコクンコクンと頷いている。


 まめじぃは続けた。


「師は向こうから勝手にやってくる、なんて思っている人よりかは、自分から探しに行く人の方が、当然、意欲的に行動できるわけだし、師からの教えをなんとなくボヤっと聞いているような人よりかは、『師匠、アンタ師匠なんだから、もっと私のために努力しなさい』と言わんばかりに「報告」・「連絡」・「相談」(=ホウレンソウ)をちゃんとやった方が、師のためにもなるわな。弟子とのコミュニケーションは、師にとっても成長のチャンスだもの。結果お互いに良好な関係性を築くことができたら、もう、やる気がないなんて、言わないよな」


 そこで不意に、麗子が話し始めた。


「わ・・・わたしは、さ、最初の頃、あ、あんまりホウレンソウしてないような」


 まめじぃは、また優しい顔になって言った。


「だから言ったじゃろ。『非言語コミュニケーション』な。ホウレンソウは何も、言葉だけじゃなくてな。最初は言葉でうまく伝え合えなくても、だんだんとな、段々と、関係性は育っていけるんじゃな。まあ、相性が良かったんだろな。ワシだって、誰とでも相性のよい先生を目指してはいるけれど、実際には、そうはいかんのだよな。人間である以上」


「ええー、相性が良い悪いの話だったら、運じゃん。結局」


 七海が横やりを入れた。

 晴斗は、ちょっと申し訳なさそうな顔をしている。言葉には出していないが「ウチの母がすみません」といったような顔だった。まめじぃは相変わらず、優しい顔をしている。


「その運ってやつも、結局じぶんで引き寄せられるか、どうかじゃろ。行動しない人がどうやって引き寄せられるっていうんだ」


 七海はぶすっとした顔をしている。


「麗子さんは、動いた。動けなかったけれど、『萬葉集』という書物が、麗子さんをワシのところへ運んでくれた」


 七海は何かを閃いたようで、ハッと笑顔を作った。


「じゃあ、私は『看護師になる』と決めたことで、まめじぃに相談しようって思えたから、それがきっかけだったんですね。私も自ら行動しましたからね」


「そうそう、ワシのところへ来てくれたじゃろう。そうしてワシは『師』にさせてもらえて、いま七海さんに育ててもらっているところなんじゃな」


 七海はニッコリ笑って、両腕をぐんと上に突き出して、伸びをしながら言った。


「うーん!そう考えると、まめじぃのためにも、いっちょ本気出してやうって、気になってきた!」


―――今まで本気じゃなかったんかーい!


と、その場にいた誰もが心の中でツッコミを入れた。


「ぼく、自転車の練習する」


 晴斗は急に立ち上がり、あたりをぐるっと見渡した。


「ここで練習している人たち、みんな師匠なんだね。うまく乗れている人と、そうでない人と、見比べてみたけれど、うまく乗れている人は、遠くを見てるんだね。うまく乗れていない人は、姿勢が悪いし、下ばっかり見てる。ぼくもそうだったから、今度は姿勢をよくして、遠くの景色を見る感じでやってみたい」


 そういって、晴斗はプリキュアの自転車にまたがり、右足をペダルの上に乗せた。


踏み込む。


ふらつく。


正直、怖い。


でも、下は向かない。前だけを見る。


それも遠くの景色。この川の終点。伊勢湾の海。その向こうには太平洋。遠くを、遠くを見るように。


右足を踏み込んだら、左足が勝手に上に上がる。だから今度は、左足を踏み込む。ただそれだけの作業なんだ。難しく考える必要はない。


左足も、右足も、ちゃんとペダルを踏んでいてくれる。


ハンドルは強く握らなくていい。


大丈夫。もう大丈夫。まっすぐ前に進む事だけに集中できている。


周囲の音が聞こえなくなった。


いま、晴斗と自転車は、ひとつになった。


「あああ!晴斗そうそう!いける!いっけー!」


 七海が思わず叫んだ。まめじぃは両手を叩いて喜んだ。


「なんと晴斗くん!武術の奥義『遠山の目付』を自ら会得したというんか!」


「とおやま?めつけ?何それ?」


 七海はもはや、まめじぃに対して完全に、タメ口である。これも関係性の向上と見ていい。きっとそうに違いない。たぶんそうだろう。きっとそうであって欲しい。


「目線をまっすぐ、遠くに置くことで、視野が広がり、姿勢は安定し、冷静に自分の心身のバランスを保てる。遠くの山を見るように、という意味じゃ。剣道や空手道では、上級者の必須テクニックなんじゃが、これを習得するのに何年もかかるっていうのに、ほら、もういけるんじゃないか!おお!」


 まめじぃも年齢を気にせず、はしゃぎだした。


―――なんて子じゃあ!


 内心、感激と驚きに溢れていた。武道において、厳しい修行を何年も何年も積み重ねやっとのことで、身に着くかどうか、そんなレアスキル「遠山の目付」。リクツでわかっていても、実践で発動できる者はあまりにも少ない。


 それを9歳の海野晴斗は、周囲で練習している子たちを午前中、観察し、分析し、解を導き出し、そして午後にはもう、実践してしまっている。なんという才能。


―――その才覚、お母さんにちょっと分けてやってくれえ!


 とは、絶対に口に出しては言わなかった。


 実は、七海も、この後、何段階も覚醒するのだが、それはまめじぃも、まだ、知らない。


 晴斗はその後、ものの20分ほどでコツをつかみ、親水公園の芝生の上を、スイスイ、とまではいかないが、フラつきながらも、補助輪なしで走れるようになった。

 こんなにも心地よい風があったのかと、晴斗は思った。こういう大人びたところは、決して大人には見せない。


 葉桜たちも、川のせせらぎも、青空も、みんなの笑顔も、美しかった。絆はより深まったし、七海の心配事がひとつ消えたし。お弁当も意外と美味しかったし。何より、晴斗のあんな嬉しそうな顔、見たことが無かった。


 何気ない日常の中にこそ、ほんとうの幸せがある、と誰かが言った。


 今日は特別な日になった。これだって、ほんとうの幸せに違いない。晴斗と七海の嬉しそうな笑顔を見れば、そうに違いないと、思うしかない。


 こうやって「塾メンバーで集まってピクニック兼自転車練習」という、普段とは違う、非日常的イベントをやってしまう、行動に移してしまう、それもまた、モチベーションを高めるのに、ひと役買うことができた。


 晴れてよかったね。


つづく。


※この物語はハーフフィクションです。






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