第15話 「よき師」との出会いかた・育てかた(2)
「どういうこと?知りたい!教えて?」
日ごろは謙虚さもあり、遠慮、配慮、そういったものがちゃんとできるのに、いったんスイッチが入ると好奇心が抑えられない。新聞部で3年間積み重ねてきたのは、文章力だけではなかった。
「知りたい」
片山志桜里、高校3年生。新聞部としての血が騒ぐ。
伊賀栗麗子は言った。
―――師を育てた
―――まめじぃは、私のために変わってくれた
そんな事を聞いて、そうなんですね、と流すわけにはいかない。ここはちゃんと取材しておかないと。今後のじぶんのためにも、これからの誰かのためにも。
志桜里は上半身を左右に揺らしながら、もどかしそうに聞いた。
「ねえねえ、どういうことかちゃんと教えて下さいって」
「ううむ・・・麗子さんに説明させるのはちょと気が引けるから、ワシが説明するとだな、麗子さんが高校を中退してから、ワシのところに来て、高卒認定試験を受けるための、勉強を始めたのな。それで二人三脚でがんばって、その間に、ワシもいろいろ学んだ、という話。以上」
志桜里は口をへの字にして抗議する。
「だから、具体的にどういうことか教えて下さいよ!もやもやする~」
左右の揺れは激しくなる。
「え・・・えっと・・・あの・・・」
もじもじする麗子。
「ええよ麗子さん、ワシが言うからな?」
黙って首をタテに2回振る麗子。
「ワシはな、麗子さんと出会う前は、超スパルタで、怖い先生として恐れられていたんじゃ」
黙って首をタテに3回振る麗子。
「だけどな、不登校から、高校中退して、それから大学へ行きたいって、そんな生徒を預かるのは、長年塾を経営していて、初めての事で。それまでワシの生徒といったら、スポーツ部に所属していて、努力・忍耐・根性で生きているような子らが多かったの。だからワシも必然的に、体育会系というか、オラオラ系の厳しい先生になっていった。当時、そういう需要があったからな。ワシ、空手の先生もしていたから、わが子に厳しい指導をして欲しいってオファーをくれる親御さんが本当に多かった」
七海と志桜里は黙ってまめじぃの話を聞き始めた。晴斗はまめじぃが焼いた、砂糖と醤油で味付けしたネギ入りの卵焼きを頬張る。甘じょっぱくて、これはこれで美味しい。三重県南部地方には、砂糖と醤油で味を調える料理が多い。比較的濃い味が好まれる。
清流宮川の流れはとても穏やかで、日の光がキラキラ反射し、それがまめじぃのツルツルの頭皮に反射する。
「結局、先生って、生徒で変わるよ。どんな生徒たちに囲まれて日々過ごすかで、やっぱり、変わっていくよ。ワシの場合、麗子さんとマンツーマンで受験対策をすることになって、最初は色々と苦労した。だって、こんなにいっぱい傷ついた女の子に、オラオラしても、何の意味もないどころか、逆効果だもんな」
黙って首をタテに4回振る麗子。
「最初、この依頼は断ろうかとも思ったの。女の子だし、女性の先生で、きめ細やかに寄り添ってくれる人の方がいいんじゃないかと思って。でもいないんだな。人の少ない、こんな田舎まちで、思い通りの師を見つけるというのは、難しいわな」
晴斗は、再び自家製ウインナーに手を伸ばす。食べているのは晴斗だけだ。周囲では子どもたちが楽しそうに自転車を乗り回している。でも中には転んでしまって、べそをかいている子もいる。声を張り上げてわが子に指導している親たちの声も交じって、にぎやかだ。空は透き通るような青。よく晴れている。
「師弟関係って、書いて字の如く、関係、なんだな。麗子さん、はじめはビビりまくってな。会話も進まんし、ほんとう悩んだ。ワシも最初はいつものようにオラオラしてたんじゃが、こりゃだめだと思って。こんな関係性で、いっしょに受験を戦うのは無理だって思って」
晴斗は食べるのをやめた。まめじぃをじっと見つめた。オラオラしたまめじぃなんて、想像もできない。
「結局、ワシがオラオラしてたのは、体育会系でノリがよく、ヤンチャで元気のいい子たちに長年囲まれてきて、そういう子たちにとっての理想のリーダー像というものを体現してきたからなんだけど、それって本来のワシじゃないのな。」
そうなんだ、と七海は素直に受け止めた。
「あくまでも、自分を頼ってきてくれる人たちにとっての、良い指導者像というものを模索して悪戦苦闘しながら、そういう先生になっていったの。」
なるほどね、と七海は純粋に納得した。
「タレントで教育者の『尾木ママ』っているじゃろ?あの尾木先生だって、最初からあんなオネエキャラじゃなくって、生徒たちにとってどんな先生像がベストなのか、いろいろ模索していって、四苦八苦しながら生徒たちと向き合い続けて、その結果、あのキャラに到達したんじゃな。」
志桜里と晴斗は、「尾木ママ」が誰かわからない。あまりテレビを見ないからかも知れない。
「ワシの場合は、超体育会系オラオラ先生だったわけ。不良っぽい子も多かったし。親御さん方からの要望でもあったし。でも、いっぱい、いっぱい傷ついた麗子さんには通用しない。もう同じ空間におるだけで、死んでしまいそうな感じだったもん」
黙って首をタテに5回振る麗子。
「そんな中で、マンツーマン指導をしていかなければならなくなって、それで、麗子さんにとって、どういう先生が理想なのか、これは麗子さん自身もそう簡単に言語化はできんし、ワシも完全に手探りだし、お互い、模索していったんじゃな」
七海は、晴斗があまりにもおいしそうに卵焼きを食べているので、つられて手を伸ばした。
「ほれが師を育てたってことになうの?ほむほむ・・・うまうま」
砂糖と醤油で味付けしたネギ入りの卵焼きを中に入れながら聞いた。息子の晴斗と違って、行儀が悪い。
「そうだな。麗子さんから直接、ああして欲しい、こうして欲しいというのは聞かなんだ。でもコミュニケーションとは、言語化されたものだけではない。非言語コミュニケーションというものがある。そこからワシは、人と分かり合うのに、この非言語的コミュニケーションの重要性を、そのとき初めて、心から大事なことだと痛感したんじゃ。気づくの遅いってな。」
まめじぃは、ジェスチャーを加えながら話し始めた。
「麗子さんの一挙手一投足をちゃんと見る。息遣いまで確かめる。いま麗子さんにとって必要な指導とは何か、どんな言葉がけをするのが適切か、いつどのタイミングで何を伝えるか、それを非言語的コミュニケーションから汲み取っていく。麗子さんは麗子さんで、何とか自分の意思を伝えようと、必死で努力してくれて」
「そ・・・それで、まめじぃは・・・」
麗子はもじもじして、口ごもった。
「そう、ワシは、麗子さんと出会って、麗子さんのおかげで、先生としていちばん大切なこと、師として最も重要なことを、学ばせてもらったし、そのおかげで、ワシは変わることができた。それは」
まめじぃは、みんなを見渡してから、息を吸って、真剣な表情でこう言った。
「先生って、生徒がいてくれて、はじめて先生でいられるし、師匠といいうのは、弟子がいてくれるおかげて、師匠でいられる」
「や、当たり前でしょ」
七海はガクッと肩を落としながらツッコミを入れた。卵焼きは2個目に突入した。フォークが止まらないのだ。
「当たり前の事を、当たり前の事として、謙虚に誠実に受け止められるようになったんじゃ。実はすごく難しいことなんだ。当たり前のことをちゃんとできているって、本当に難しい。これができているのは、世界中の先生、世界中の師、と呼ばれる人たちのうち、ほんの一部だと思うぞ。ワシはその仲間に入れてもらうことができたと自負しておる」
まめじぃは続けた。
「麗子さんに礼を言った。ワシは20年以上先生と呼ばれる仕事をしてきたけれど、麗子さんと出会って初めて『先生』になれたと思っとる。それまでの道程も、必要な道程だったと思っておるし、無駄な遠回りだったとは思っておらんけれども、はじめて『師匠』になれたと思った。そしてこれからも誰かの『よき師』であり続けたいと、その情熱だけは、大学生の頃から変わっておらん。そのためにワシのいのちがあるんじゃと、心から思える」
まめじぃは、とてもやさしい表情になった。普段まったく表情の読めないじじぃだけれど、とてもやさしい表情だということが、誰の目にも見て取れた。
「じゃあ~どうしたら、そういう『よき師』との出会いが訪れるんだろう?」
七海は首をひねりながら質問した。もうすでに、七海にとっては、麗子同様、まめじぃは「よき師」であると思っている。たぶん。しかし、誰でもそう簡単に「よき師」は見つけられるのだろうか。素朴な疑問だった。
「うむ、正直、難しいと思う。だから昔からの格言で『師は3年かけて探せ』といわれておる。それくらい、理想の師と巡り合うのは難しい。ワシだって20年以上かかって、やっと『師』と呼ばれても恥じない程度には成長できた、しかし、そう簡単にあちこちいるわけじゃないよな、そんな人材」
晴斗は食べるのをやめて、まめじぃの話を真剣に聞いている。七海は卵焼きを食べ過ぎて、喉が渇いて、持参したペットボトルのお茶をグビグビ飲み始めた。三重県南部地方独特の、砂糖醤油の濃い味付けは、喉が渇くのだ。
「しかし、出会い方があるんじゃ。そして、育て方も、ある」
七海と志桜里、晴斗は、何なに?という表情でまめじぃの次の言葉を待った。
黙って首をタテに6回振る麗子。
つづく
※この物語はハーフフィクションです。
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