第14話 「よき師」との出会いかた・育てかた(1)

 神都市を流れる一級河川「宮川」。日本の名水百選の常連であり、国土交通省の水質調査でも、過去11回も、全1国位に輝いた事もある。特に2016年からの6年間は、連続1位であった。ランキング制度は廃止されたものの、廃止されるまでの6年間、連続で水質日本一、というのは、県はもっとこの事実を自慢してよい。


 ともあれ、神都市内のその清流のほとりに、親水公園がある。春には千本を超える桜が咲き誇る。江戸時代の浮世絵などにも数多く描かれている「宮川の渡し」跡も、ここにある。浮世絵の世界と、リアル千本桜、どちらも体験できる貴重なスポットである。


 海野七海は、ひとり息子の晴斗、まめじぃ、伊賀栗麗子、片山志桜里の「まめじゅく」メンバーと、宮川の親水公園でお弁当を食べていた。


 久しぶりに晴天となったこの日は、晴斗が自転車に乗れないというので、みんなで晴斗が自転車に乗れるよう、練習会を開こうということになった。

 日曜日の親水公園は、晴斗以外にも、自転車の練習に来ている就学前の子どもたちと、その家族が多く集まっていた。千本桜を誇る桜並木も、いまは葉桜となって、子どもたちを見つめている。


 神都市の子どもにとって、「自転車に乗れない」ことは、致命的弱点といえる。理由は、田舎ゆえに、学校に通うにも、友だちと遊びに行くにも、とにかく自転車がマストアイテムだからだ。

 多くの神都市民は、わが子が小学生になる前には、自転車に乗れるようにしておく。いわゆる「補助輪」(この地域では「ワンタ」と呼ばれる)無しでスイスイと自転車に乗れるようになることは、親きょうだいの当然の義務、と思われている節もある。

 しかし晴斗は、なかなか乗れるようになれず、ついに9歳になっていた。母親である七海も相当焦っていた。


―――このまま中学生になっても自転車に乗れなかったら・・・部活動や塾が始まったら・・・とてもじゃないけど、自転車無しではやっていけない・・・わたし・・・親失格だあ・・・


 そんな悩みを、「まめじゅく」講師で大学院生の伊賀栗麗子に打ち明けていたところ、片山志桜里とまめじぃにもその話が伝わってしまい、みんなで練習会をしようということになったのだ。受験勉強やら何やらで多忙な日々を送る中、息抜きがてら、お弁当を持ち寄って、楽しい時間を過ごそう、という意図も含まれていた。


 晴斗にとっては、自転車の練習は苦痛だった。苦手意識もあるし、乗れなかったらどうだというんだ、という想いもある。みんな乗れるのに自分だけ乗れない、という事に対しての恥ずかしさは、無いといえばウソになるが、そういった想いにフタをするように、自転車はキライ、自転車なんて無くても、自分の足があるからいい、と練習することから逃げていた。

 

「晴斗、きょうは皆応援に来てくれたから、がんばってね!」


 七海は心からの愛情と親切心でわが子に声を掛けるが、晴斗にとって余計なことをしていると気づいていない。


 まず、日曜日の親水公園。確かに自転車の練習に来ているちびっこは多い。しかし皆、未就学児ばかりだ。4・5歳と思われる子たちに囲まれて、9歳の晴斗が自転車に乗る練習をするというのは、屈辱感を味わうには最高の場面であるが、そんなものを晴斗は望んでいない。

 更には、「まめじゅく」のメンバーに、晴斗が自転車に乗れないことを暴露してしまっている。だからこうして応援に来てくれている。ありがたいが、しかし9歳男子のプライドはズタズタである。


 それでも、晴斗はそういった感情を決して表には出さない。母ひとり、子ひとりの生活の中で「我を出す」という事を自然に抑え込んで生きるようになった。相手の顔色を伺い、相手の表情や声色をよく観察し、相手を怒らせないように、相手にどうしたらよい気分になってもらえるか、そんなことに気を遣いながら、日々暮らす9歳児だった。


 家がまずしいから、ガマンするしかない。お父さんがいないから、ガマンしなきゃいけない。ぼし家ていの子どもだから、みんなができることができなくても、しょうがない。でも、そんなことを言ったりしたら、みんながイヤな気持ちになるから、ぼくがガマンすればいいだけ。


 そんな想いで生きている晴斗は、ご近所さんからおさがりで頂いた「ハートキャッチプリキュア」の古い自転車のハンドルを握りしめ、もうプリキュアの自転車というだけで死にたいくらい恥ずかしいのだが、そんな素振りは一切見せず、午前中、いっしょうけんめい自転車に乗れるように努力する「フリ」をして、その演技をがんばり抜いた。何度も転んで、痛かったかれど、転ぶのも慣れてきて、転ぶフリをして怪我を回避していた。


 正午を少し過ぎたころ、「そ、そろそろ、お・・・お昼にしましょう」と伊賀栗麗子は、芝生広場の一角にレジャーシートを敷き始めた。


 そこで七海、晴斗、志桜里は信じられない光景を目にした。


「まめじぃ、ちょっとそっち持って。そこじゃなくて、もう!ちがうって!だからそれだとシワになるやん!何しとんのさ!アホちゃう!」


 いつもオドオド話をしている麗子は、なぜかまめじぃに対しては普通に話せている、どころか、師であるまめじぃを叱り飛ばしている。さらには「アホ」呼ばわりである。


「麗子さん待って、ワシ腰やってもうたかも」


「知らんわ!はよそっちに杭止めて。風強いんやから、はよして!」


 いつもの麗子さんは、そこには、いない。オドオドして、ビクビクして、全身で人に気を遣い、優しくて、しかしどこか陰湿なオーラを纏っていた麗子さんが、全くの別人である。


 「あのー・・・麗子さんって、まめじぃとは普通に会話できるんですね?」


 禁断のセリフを、片山志桜里は、遠慮がちに、しかしはっきりした口調で、放ってしまった。


 麗子はハッとして耳を真っ赤に染めて言った。


「あわえとちがうそのえと・・・・」


言葉になっていない。


 麗子は、小学生のころまでは、天真爛漫で、活発な少女だった。男の子たちの中に交じって遊ぶ事も平気だった。中学生になって、成り行きで比較的おとなしめの子たちのグループに入ることになり、そこで少し落ち着いた。 それでも、普通に誰とでもそれなりにおしゃべりもできた。

 

 高校生になり、麗子の日常が一変した。


 麗子の父親は、飲食店を経営していた。


 千年以上つづく神社の跡継ぎとして、神都大学神道学科で神職の免許を取得したものの、学生時代アルバイトをしていた先で飲食業の面白さと出会い、大学卒業後、神職には就かず、アルバイト先の飲食店に就職し、28歳で独立。昼は食堂、夜は居酒屋、といった形態の店で、「和」のうどんと、「中華」のラーメンを融合させた「わとうないそば」が大人気メニューだった。


 「わとうない」とは、江戸時代に作られた、近松門左衛門の人形浄瑠璃「国性爺合戦こくせんやかっせん」の主人公の名前である。

 実在の人物、鄭成功ていせいこう(1624-1662)がモデルで、彼は明国(当時の中国)人の父と、日本人の母の間に生まれ、当時中国を支配していた清国(異民族政権)を相手に、明国(漢民族中心の政権)の再興を願いつつ戦った歴史上の偉人である。

 その鄭成功の活躍を、人形浄瑠璃の劇として近松門左衛門が描き、江戸時代の人々は、その物語に熱狂した。今でも歌舞伎の題目として多くの人々から愛されている。


 「和(日本)」でも「唐(中国)」でもない、という意味から「わとうない」という名がついたと言われる。


 「うどんでもない、ラーメンでもない」この発想が受け入れられて、テレビや雑誌でも紹介され、コンビニエンスストアとのタイアップで、カップ麺まで作られた。家も比較的裕福だった。


 だから中学生のころまでは、あの「わとうないそば」の娘さん、ということで、お嬢様扱いされ、ちやほやされてきた面もあった。


 ところが、麗子が高校1年生になったばかりの頃、父親は、逮捕された。理由は、准強制わいせつ罪。いまでも信じがたい、許しがたい、蛮行だった。

 お酒を飲みに来た女性のお客さんのコップに睡眠薬を混ぜ、昏睡状態にさせた上、閉店時には一緒に来ていたお客さんに「起きたら家まで送っていくからいいよ」と説明し、閉店後のお店で、わいせつな行為に至ったという。麗子の父親は、罪を認めているという。長年積み上げてきた信用も信頼も実績もすべて無になった。店は畳むしかない。先祖代々受け継いできた神社の運営にまで飛び火してくる問題であり、これからどうなるんだ、と同居する祖父母も憔悴しきっていた。


 ―――いい父だった。いや、あまり父との思い出は多くない。店が忙しい、仕事が大変だから、と、あまり一緒にいる時間は多くなかった。でも、学校行事には必ず顔を出してくれ、誕生日にはこれでもかというくらいにプレゼントをくれた。いつもニコニコ笑顔で、さわやかで、お客さんたちからもすごく評判がよくて。ピカピカの外車に乗っていた。将来彼氏ができるなら、こんな人がいいな、と思うような、そんなカッコいい父だった。


 全国ニュースで父の逮捕が報道された次の日以降、学校で、孤立した。当然である。犯罪者の娘なんだから。陰湿ないじめも、始まった。当然である。犯罪者の娘なんだから。それでも私は、学校へ行くことをやめなかった。担任からもしばらく休んでいいと言われたが、通うことをやめなかった。現実を受け入れられていなかった。


 しかし事件は、それだけで終わらなかった。父の逮捕後、母は、従業員の若い男と一緒に、どこかへ消えた。連絡がつかない。実の母親にまで、裏切られた。


 やむなく私は、同居する父方の祖父母と一緒に、神社の隣にあるお店の閉店作業に追われた。アルバイトの皆さんの給料も計算して、一人ひとりに頭を下げて渡して回った。神社の収入からも数百万円捻出しなければ、閉店作業を進めることはできなかった。取引先への謝罪や支払い、什器などの処分、人前に出ることは祖父母が対応してくれたが、それ以外のことは、私も手伝った。16歳の誕生日は、油まみれの厨房を掃除していた。

 

 学校では、いじめはエスカレートする一方だった。漫画でもよくある、上履きに画びょうが入っていたり、教科書がビリビリに裂かれていたり、机に「死ね」と書いてあったり、ある日は机の上に牛乳瓶に一輪挿しが添えられていて・・・本当にこんなことがあるんだと思った。


 お弁当をトイレの個室で食べていると、上から水が降ってきた。それでもトイレの個室以外に、私の居場所は無かった。


 ある日、急に、朝、起きられなくなった。どんなにいじめられても、ゼッタイに学校に行こうとしていたのに。現実を受け止められなくて、これまでと変わらない日常を送りたくて、朝はちゃんと起きて、自分でお弁当をつくって、みんなとおしゃべりして、おしゃれを楽しんで、あたりまえの高校生活を送りたかった。


 でも、急に、無理になった。


 声が出せなくなった。しゃべることができない。


 ごはんの味がわからなくなった。


 トイレに行きたいのに、足が動かなくなった。布団を汚してしまった。


 もう、いろいろ、どうでもいいやと思うようになった。でも何とか学校だけは行こうとしていた。でも行けなった。


 祖父母は、もう学校へは行かなくていいよ、と言ってくれた。連れていかれた病院では「適応障害」と診断され、学校側もあっさり不登校を容認してくれた。私がいない方が、学級経営はうまく回る。そりゃそうだ。


 その後、出席日数も足りず、自主退学することを余儀なくされた。「ひきこもり」が、また日本にひとり増えた。


 いろいろ、どうでもよくなると、生きている意味とか、じぶんの存在理由とか、なぜかそんなことを考えてしまう。それさえ、どうでもいいんだけれど、なぜか、考えてしまう。


 そんな麗子を救ったのが、「まめじゅく」代表の、あのハゲ頭であるが、それはまた別のお話。


 麗子にとって「まめじゅく」は、麗子自身の「再生工場」であったと共に、「まめじぃ」という存在は、唯一無二の「師匠」であった。


 いや「師匠」ということでなら、麗子にはもう一人、大切な「師匠」がいる。それは曾祖父であるのだが、これもまた、別のお話。


 麗子が立ち直れたのは、曾祖父の残したノートと、「まめじゅく」と「まめじぃ」の存在があったからだ。それは間違いのない事実であり、そうなると、まめじぃは、麗子から尊敬されて当然の間柄である。一歩下がって師に従う、そんな態度で接してもバチは当たらない。


 しかし麗子は違った。恩師をディスリまくる、自分の子分のように扱う、喧嘩上等、立場は私が上だと言わんばかりに、まめじぃをこき下ろす。


 それが、彼女なりの、まめじぃへの心の許しかたであることは、まめじぃもよく知っている。


 しかし他人から見れば、とんでもないキャラクターである。ふだんオドオドして、ビクビクして、陰キャ&コミュ障アピールがすごいのに、いざ心を許した相手となると、すぐキレて怒鳴る・けなす。これは驚くほかない。


 でも麗子からすれば、遠慮なく何でも放出できる相手に、遠慮なくすべての感情をぶつけるというのが、最大の敬意であり、信頼の表現であるともいえるのだ。


 そんな傍目から見るとびっくりする師弟関係であるけれども、これも一朝一夕で成立したものではない。


 麗子は、師をじぶんで選んだ。この人が師だ、と決めた。そして、師を、じぶんにとって最高にふさわしい師となるように、麗子自身の力で、育てたのだ。


 そう、師は三年かけても探せ、というが、麗子のすさまじさは、探すというより、自分にとって理想の師、そして師弟関係を、自分の力で育て上げたところにある。まめじぃも、麗子のおかげで「師匠」になれたのだ。


 しかしそんな話を、七海や志桜里に話せるわけがない。


「あわえとちがうそのえと・・・・」


 他に言葉が出てこない。


「さあ、メシ食うぞー!みんな座れ座れえ!」


 まめじぃは、見た目によらず、お料理好きで(上手かどうかは別問題)、大きな重箱に何段も、卵焼きや唐揚げといった定番おかずや、おにぎりや、サンドイッチや、フルーツが敷き詰められていた。みんなそれぞれお弁当を持ち寄るという話だったが、お弁当を持って来たのは、まめじぃいだけだった。それを予想していたかのようなボリュームだった。


「すっげ!いただきまーす!」


 32歳、歳を重ねるたびにますます天真爛漫で能天気な七海は、息子の晴斗がおしぼりでちゃんと手を拭いて消毒しているにも関わらず、その隣で手も洗わずおにぎりをわしづかみにして頬張った。幸せそうな笑顔を浮かべる。大好きな具、ツナマヨがいっぱい入っていた。玉ねぎのみじん切りがシャキシャキしていて、いい仕事をしていると思った。


「わ・・・わたしは・・・師を・・・育てたんです・・・」


 七海と志桜里はキョトンとした。晴斗はまめじぃが肉選びからこだわって手作りしたソーセージを少しずつかじっている。


「ま・・・まめじぃは・・・さ、最初こんな人じゃなかったけど・・・わ・・・わたしのために・・・か、か、変わってくれて・・・」


「もうええ、麗子さん、ほら、卵サンド、こっち辛子入れてあるから、食べて」


「ええ?どういうこと?知りたい?知りたい?何?どういう話?」


 新聞部の志桜里は我慢できない。”もうええ”は彼女の好奇心の炎に放つガソリンだった。


(つづく)



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